66 リフォニア城 その3
「扉に張った結界を破られました!」
カーンの絶叫とともに大きな爆音が高鳴った。
「なんだなんだ?」
何が起きているのか理解できず混乱しているおっさん。
動揺している今がチャンスだ。
俺はすかさずおっさんの股間に渾身の蹴りをかました。
「ぐふぉっ……!」
おっさんは悲鳴を上げ、泡を吹いてあっけなく床の上に倒れてしまった。
そこそこ強かろうが、やはりおっさんはおっさんだ。
玉に直撃を食らえばひとたまりもない。 なむなむ。
さてと手段は卑怯だったが、何はともあれ第一障害を突破。
次はあっちの見えない敵をどうするかである。
今はソファイリが張っている結界で向こうの攻撃を防いでいるのでやられることはないが、急いでこちらからの攻撃手段を確保しないとジリ貧な戦いになってしまう。
敵の針は有限だが、ソファイリの魔力だってそう長くもたないだろう。
「追い込まれちゃったわね。部屋に入ったのが裏目に出たわ。結局マジックアイテムが見つからなかったから、向こうの姿もよく見えないし……」
結界を保持し続けながらソファイリはため息をついた。
「適当に広範囲の爆発を放てばいいんじゃないか?」
「同時に二つの魔法は発動できないし、結界を解いたら針の嵐に襲われるわよ。他の人に結界を張ってもらおうにも、カーンの魔力はもう限界みたいだし、あんたは役に立たないでしょ。あたし一人じゃ無理ね」
カーンは扉の前で時間を稼いでいた間に、魔力が底をついてしてしまったらしい。
ぐったりとした表情で俺の横に座り込んでいる。
「じゃあ、身動きが取れないってことかよ」
「そうね」
ううむ……。
何か良い案が――思い浮かぶわけないよな。俺だし。
――シュト!
「うげっ!」
扉の向こう側でうめき声が上がった。
トラブルが発生したのだろうか?
「あれ? 攻撃が止んだわ」
そうだ、俺たちにはもう一人協力者がいる。
あれはきっとミンの仕業だ。
彼女が放ったどこからともなく現れる矢が敵を一人貫いたのだろう。
「今のうちに逃げよう」
不意を突かれた奴らは相当動揺しているはず。
ここから動くには絶好のタイミングだ。
「でも、罠かもしれないわ。こっちをおびき出すためにわざと攻撃を止めたのかもしれない」
「確かにそうだが――」
うーむ、どうやって説得しようか。
ミンのことを言っても信じてくれないだろうし。
まあ、いつもの俺を信じろ的なあれでいいや。
「ずっとここで待っていても状況は変わらないだろ。一か八か、今すぐ脱出してみるべきじゃないのか。それに俺的には今がもっとも好機だと思う」
ソファイリは疑心深そうに目を細めた。
「つまり、あんたの勘を信用しろってこと? 確かにあんたの勘はやたらと当たるけど、今回はこれまでと比べてリスクが段違いよ。一歩踏み出したら針の嵐に襲われて即死するかもしれないのよ」
「まあ……多分、大丈夫だろ」
「多分って……。心強さを微塵も感じないんだけど……」
「いつものことだろ」
「はぁ……。それもそうね。カーンはどう思うの?」
「私はフーン様の意見に従うことに異論はありません」
「よし、じゃあ決まりだ。カーン、歩けるか?」
「はい、まったく問題ありません。魔法はしばらく使えませんが――」
カーンは袖に隠していた短剣を取り出した。
危ないだろ、それ。
前の世界の不運な俺なら、走ったはずみにすぽっと抜け落ちて足に直撃していた。
「――戦うことは可能です」
おそるおそる扉のそばまで歩み寄り、顔だけ出して廊下を確認してみる。
部屋の外はしんと静まり返っていた。
特に怪しいものは見当たらない。
もともと見えにくい敵なのでよくわからんが、多分安全だ。
って、いやいや。
もっと強気にならないと。
俺が安全だと言っているのだから、安全に決まっている。
自分のラックを信じろ。
「いくぞ!」
床を勢い良く蹴り、俺たちは三人揃って全速力で駆け出した。
針投げ名人の敵さんたちはどこかに隠れているらしく、今のところは攻撃を仕掛けてこない。
よし、このままトリンのもとまで一直線だ――
「来たわよ!」
――と思ったのだが、そこまで簡単にはいかないみたいだ。
「フォース・プロテクト!」
背後に大きな結界を出現させ、迫りくるすべての針を容易く止めるソファイリ。
だが、結界を張るにはある程度の集中力が必要なのか、彼女の走るスピードが少し落ちている。
このままでは階段にたどり着くまえに追いつかれてしまうだろう。
「困ったわね、敵がまだ複数人いるわ。一つの方角から放たれる攻撃ならそっち側に結界を張れば防げるけど、挟み撃ちにされたらそうはいかないから、追いつかれたら負けよ」
カーンはぴたっと足を止め、敵がいる方角へ向き直った。
「私が彼らを引き止めます。フーン様とソファイリ様は先へ進んでください。階段を登って最上階までたどり着けば、トリン様に会えるはずです」
「ちょと待ちなさいよ。バカなの? あんたはもう魔力が切れてるのよ。それに体力もほぼ限界じゃない」
「ですから、なおさらですよ。私を連れて行っても足手まといになるだけです。ここは全員で生還するよりも、目的を達成することを重視するべきです。ここでまとめてやられてしまえば、全てが水の泡になってしまいます」
「……っん」
反論が思いつかないらしく、ソファイリは無言のままカーンをにらめつけている。
「早く行ってください! 私は大丈夫ですよ」
カーンはそういっているが、間違いなくあれは俺たちを安心させるためであって、実際に大丈夫だというわけではなさそうだ。
だがカーンを見捨てずにここで立ち止まっていたら、彼の言う通り俺たちはきっと全滅してしまうだろう。
となると、選択肢は一つしかない。
心が痛むがそれしか選びようがない。
「ソファイリ、行くぞ」
「で、でも」
俺はソファイリの手を掴み、階段へ向かって再び走り出した。
「トリン様のことをよろしくお願いします!」
もちろんだよ、カーン。
トリンは俺たちが守る 。
だが、それはお前も一緒だ。
仲間を見捨てたりするわけないだろ。
「ミン!」
彼女がきっとどこか近くにいるはずだ。
見えないので場所がわからないが、大声で叫べばこちらの言葉は伝わる。
「ここに残ってカーンを守っていてくれ! 俺たちはトリンを見つけたらすぐに戻ってくる」
返事は戻ってこなかった。
けれどこれ以上なにもできることはないので、あとはミンを信じるしかない。
俺に今できることはできるだけ早くトリンを助け出して、急いでここへ戻ってくることだけだ。




