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X8 アムルたちは

「今よ、まっすぐ走って!」


煙幕(スモーク)!」


 あたり一面が濃い煙に包まれた。


「おしっ!」


  敵の視界から外れたのを認識し、アムルは全速力で走ろうと脚に力を込めた。

 しかし前に進もうとしたその瞬間、逆方向へ走っている誰かのシルエットが彼の視界の端に映ったのである。


「おい、そっちじゃないだ――うお!」


 止めようとしてその人物の腕を掴んだアムルだったが、彼は逆にものすごい力で引っ張られてしまい、そのまま一緒に逆走しだした。


「お、おい、ちょっと待ってくれ!」


 アムルは慌てて声を上げるが、走ることに夢中になっているセタニアはそれにまるで気づいていない。


「ん?」


 セタニアには届かなかったが、一緒に過ごすうちにアムルの声に敏感になっていたゴーサルは、その悲鳴を聞き逃さなかった。

 アムルが何を言ったかまではうまく聞き取れなかったが、ゴーサルは異変を感じていた。

 そしてその危機感に従い、彼もアムルたちと一緒に逆方向へ走り出したのである。


 セタニアはみるみると速度を上げていき、あっという間に煙幕から抜け出した。

 そして、必然的に敵軍の真正面にたどり着いたのである。

 

「あれ?」


 敵兵と視線を交えながらセタニアは首を傾げた。


「『あれ?』じゃねーだろ。どうするんだよ!」


 焦ったつこっみを叫びながら、アムルは冷静に敵の数を見積もってみた。

 見える範囲ではざっと百人程度だ。

 力量の差がわからない現状だと、数的には厳しい戦いになりそうだと言える。


「セタニア殿、そしてついでに魚人間(マーマン)、無事か?」


 煙の中からのっそのっそと走りながらゴーサルが現れた。


「おっ。俺がいつの間にか、魚糞から魚人間(マーマン)に進化してるな。まあ、それはさておき……状況的にまだ無事だが、そろそろ無事じゃなくなると思うぜ。圧倒的に数で負けている」


 アムルは背中に担いでいる槍を手に装備し、敵兵の群をぎろりと睨んだ。


「ふむ。これは厄介だな」


 ゴーサルもアムルにならって、戦闘態勢を整えた。


「やれるとこまでやってみるしかないっしょ!」


 アムルはいつものごとく敵軍に向かって正面から向かっていき、それに応じて敵兵も動き出した……のだが――


「ん?」


 違和感を覚え、アムルは走る速度を緩めた。

 敵兵の動きが妙だ。

 少しずつ前へ向かってはいるが、隊列がかなりごちゃついている。

 こちらを意図的におびき寄せているのか? 何かの罠なのか?

 無鉄砲に突っ込んで、幾度となく無様にやられ続けてきた彼の脳内でそんな考えが過ぎった。


「お、おい。お前が行けよ!」


「い、いやっす!」


「お前、俺より強いんだし、前に出ないか?」


「ちょ、ちょっとお腹が痛いんで休んでいいですか?」


 だが、兵たちから聞こえてくる会話の内容からして、罠ではなさそうだとアムルは確信した。


「おい、ゴーサル……」


「ああ。こいつらは私たちにはかなわないだろう 。適当に手加減して二、三人気絶させれば、逃げ出してくれそうだ」


 戸惑うアムルに返事をしながら、ゴーサルは頷いた。

 敵兵たちは見るからに素人ばかりだった。

 装備は作業服やピッチフォーク、シャベル、キッチンナイフといったあり合わせのオンパレード。

 どうみても、全員が単なる農民である。

 訓練された兵士からはほど遠い。


「倒すのはちょっと気がひけるな。逃げ出そうにも、いつのまにか全方角から囲まれちまってるし。おっ。いや、待てよ。いい案を思いついたぜ。こいつらにわざと捕まってみるってのはどうだ?」


「馬鹿なのか?」


「いやいや、逆転の発想ってやつだよ。こいつらに捕まれば、きっとトリンが捕らえられている場所まで連れてってくれるんじゃねーか? 俺たちが指名手配されているなら、もちろんトリンもそうだったはずだ。彼女もこいつらに捕まった可能性が高い。」


「そうか。そして、敵地に着いたらトリンを助け出して、脱走すればいいということだな」


「その通りだ」


 これほど弱い敵ならいつでも逃げ出すのは容易だと、アムルは踏んだのである。


「え、えいやー!!!」


 しびれを切らしたのか、やっとのこさ敵兵が一人向かってきた。

 飛んできたのは髭一本生えていない、若そうな面をした兵士だった。

 彼は槍でアムルをぶっさそうとするが、アムルは軽快にその攻撃をかわし、槍を片手で掴んで軽くぽいっと適当に投げ捨てた。


「いや、待てよ。負けなきゃいけないんだよな」


 アムルは小さな声でそう呟き、


「ぐおーーーー! やーらーれーたーーー……」


 大げさな叫び声をあげ、いかにもわざとらしくその場に倒れこんだ。


「ぐ、ぐええええーーーー!」


 ゴーサルも彼に続いて仰向けに倒れた。

 そんな彼らを、セタニアと槍を奪われた兵士はきょとんとした様子で眺めている。


「セタニア殿。真似をしてくれ」


 敵に聞こえてしまわないように、ひそひそ声でセタニアに指示を出すゴーサル。

 彼女はゆらゆらと頭を前後させ、ゴーサルの言葉の意味を何度か念入りに反芻すると、ようやく意図がわかったのか両手をぽんとたたき合わせた。


「ぐおーーーー!」


 そう叫びながらセタニアは混乱している若い敵兵をひょいと軽々しく片手で持ち上げ、ぽいっと適当に上空に放り投げ、


「やーらーれーたーーーーーヨ……」


 と悲痛の叫びを上げて地面に寝転がったのである。


「……」


 三人は依然として死んだふりを続けているが、敵兵たちは困惑した様子でまったくこちらに近寄ってこない。

 完全なる膠着状態(こうちゃくじょうたい)と化していた。

 彼らのお粗末すぎる演技では、誰も納得させることができなかったみたいだ。


「お、おい! てめーら!」


 待ちくたびれてきたアムルは地面に倒れたまま、大声を出した。


「さっさと俺たちを捕まえやがれ! じゃねーと、一人一人身の皮を剥いで、皆殺しにしてやんぞ!」


 アムルの言葉の効果は絶大だった。

 兵士たちはテキパキと駆け回り出し、彼ら三人をあっという間に縛り上げて、馬車の中に放り込んだのである。



***



~アーマイン王国 王宮にて~


「八勇士の様子はどうだの。そろそろリフォニアの馬鹿どもがあいつらを潰しにかかりだしてもおかしくないはずだの」


「はい。その件でお話しがあります、陛下。奴らはエデイン商会を略奪した後――」


「ふむふむ。指示通りにうまくやっているみたいだの。そろそろこちらも兵を向かわせるかの」


「――まんまとリフォニアの兵に捕まってしまったみたいなのです」


 イグニー閣下の予想外の報告に驚いた王様は、どだどだどだっと派手に王座から転げ落ちた。

 

「そ、そんな馬鹿な! 彼らは各地で開催された闘技大会の優勝者たちなのではないのかの? リフォニア軍はゴミけらの集まりだの。どう考えても負けるはずがないだの」


「私めも最初は耳を疑ったのですが、どうもそれが事実らしいのです」


 暴食と暴飲によって、大きく膨らんだ腹を激しく上下させながら、骨つき肉のような腕を振り回し、王様はヒステリーを起こし始めた。


「計画が崩壊しただの! 八勇士ならぬ、八人の謎の蛮人に苦戦しているリフォニアを助けるために、我が軍を送り込んで恩を売る自演計画が台無しだの。うまくいけばリフォニアを保護国にしてしまい、事実上の大陸統一をわしの代で成功させていただの! 土地も、経済も、女も全部わしのものになっていただの! ええい、面倒だの。こうなってしまえば、もう力づくで侵攻するだの」


「陛下、それはいささか乱暴すぎるのでは……。戦争は国民の反感を招きますよ。それに、現在はもっと重要な問題が一つあります」


「問題? それは、なんだの?」


「捕らえられた八勇士が、我々が送った部隊だという事実が向こうにバレてしまうことですよ! もし真実が暴かれてしまえば、国際関係が最悪になってしまいます」


「それがどうしただの? 力づくで潰せばいいだの」


「ですから、今の世の中、戦争なんて無理ですよ……。戦える人が少なすぎますもし、リフォニアと敵対した状況になってしまえば、陛下が国際関係悪化の責任を問われてしまいます。最近の政界では、法の民主主義化を望むものが大多数となっております。もし陛下の人気が下落するようなことがあれば、その数はさらに増えるでしょう。もし法が大きく改正され、もし多くの国民が陛下の不在を望めば、良くて王座を閣下の弟君に譲る、悪くて打ち首か追放になる恐れがあります」


「のののののおおおお、それは大変だの!!!」


「いますぐ密偵を送り込んで八勇士を始末するべきです」


「お前の言う通りだの。さっそく、そうするだの!」

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