63 ステルスミッション
「ちょっと離してくれる……重いんだけど」
「離したら死ぬだろ! 断る」
俺の足にしがみついているミン。
ソファイリの足にしがみついている俺。
そして、カーンの足にしがみついているソファイリ。
塀に激突した時はそこでジエンドかと思っていたのだが、カーンが運良く塀にくぼみを見つけてそこに手を置くことに成功したので、俺たちはなんとか一命を取り留めたのである。
だが、この状態では登ることもできないし、降りることもできない。
つまりカーンの体力が尽きたら、やはりジエンドなのである。
「ソファイリ様、もう一度風魔法を使うことは可能でしょうか?」
「さっき、ありったけの魔力を使ったからしばらくは無理よ。カーンはどうなの?」
「筋力強化に魔法を使っているので、そちらで手一杯です」
詰んでるな、これ。
「フーン……」
俺の下から声が届く。
「どうかしたのか、ミン?」
「……顔どけて」
ミンは俺の顔面に向けて弓を引いていた。
何やってんの、この人?
俺を殺したら一緒にまっさかさまだぞ?
あとどうでもいいけど、なんか足を使って逆さまにぶらさがってるし、あの体勢で弓を引くとか器用すぎるだろ。
「……どいて」
「わわわ、ちょっと待て!!!」
ヒュン!
俺の頬すれすれを突き抜けていった矢は月へ向かって上昇していき、はるか上空でくるっと百八十度回ると、すとんと塀の向こう側へ落ちていった。
「……これ持ってて。登ってくる」
ミンは俺に弓を渡してから、するすると木を登る猿のように俺たちの上を登っていった。
結構荒っぽく触られていたが、ソファイリとカーンは全く反応しない。あいつらは彼女の存在に気づいていないみたいだ。
『なあ、ベルディー。マフラーを着ていたら魅力が上がるんじゃなかったのか? どうしてソファイリたちはミンに気づかないんだ?』
『上がると言っても、 微々たる量ですからね。きっとあの程度の魅力では彼女の存在を意識している人間にしか見えないんだと思います』
なるほど。
つまりマフラーを着ている状態の彼女は、現状、俺にしか認識できないのか。
そういえばミンのやつ、登ってくるとか言ってたけど無理があるだろ。
ここから塀の頂点までまだ数メートルあるし、ソファイリの胸並みにつるぺただし、都合良くロープとかがあるわけでも――
――あった。
塀の上から俺たちがいる場所まで、ぶらんぶらんとロープが張られている。
こういうご都合主義な展開がお約束になりつつあるのはわかっているが、ついさっきまではなかったものが急に出てくるのはどうなのだろうか。
いつでもどこでもなんでも生成できちゃったらおかしいだろ。
いくら運がいいからって、質量保存の法則を無視しちゃだめだろ。
……いや、待てよ。
さっきミンが放った矢のことを思い出す。
もしかしてミンは矢にロープを結んで放ったのかもしれない。
周りが暗かったし矢に気を取られていてさっきまでは見えていなかったが、よく考えてみれば矢の尾には確かにロープがついていた気がする。
なるほど、ミンはそれを向こう側のどっかに引っ掛けたということか。
いいアイディアだ。
ロープにぶら下がったら人の体重で矢が抜けそうだとか、全裸の癖にどこからあの長さのロープを取り出したのだといった疑問はまだ残っているが……まあ細かいことは気にせず、使えるものは使っておくべきだろう。
「ソファイリ、カーン。ロープを使えば上まで登れるぞ」
「いつの間に……。全然、気づかなかったわ」
射った矢にもステルス性能をつけるとは、さすがミンだ。
***
無事に塀を越え、モルガンブルクに侵入成功。
あとはトリンの居場所を突き止めて助けに行くだけだ。
「夜が明ける前に城を目指しましょう。暗いうちの方が忍び込みやすいはずです」
毎度のことながら、もっともな意見を言うカーン。
俺とソファイリはうんと頷いて同意し、道を知っているらしい彼の後に続いた。
「前から思っていたのだけど、あんたってリフォニアについてやけに詳しいのね。もしかして、前にここに来たことがあるの? 」
ソファイリがそう聞くとカーンは――
「実は私はこちらの出身なんですよ」
さらっととんでもないことを告げた。
「カーンはリフォニアのスパイなのか?」
「実際にそうだとしても、聞かれた程度で教えてくれるわけがないでしょ……」
まあ、そうだよね。
「確かにその考えは一理ありますね。フーン様はともかく、ソファイリ様はこれまでの私にかなりの違和感を抱いていたでしょう」
フーン様はともかく?
なんかバカにされたような気がするんですが……まあ、いいか。
俺がバカなのは、俺自身が一番よく知っている。
マインド1を舐めるなよ?
「そうね。確かに結構怪しいところがあったわ。山の中を歩いていた時にやたら大きく迂回しながら進んでいたし、何故かリフォニアの地理についてやけに詳しいし。遠征に向かう以前も、他の八勇士たちと違って田舎から来ているとは思えないほどの学術を身につけていたことや、上流階級風な服装を身につけていたことも怪しいと思っていたわ。でもね、あんたがリフォニアのスパイだとしたら、それはそれで矛盾がたくさん出てくるのよね」
「城にたどり着いてトリン様を助け出したら全てを明かします。どうかそれまでは私を信じていてください」
「別にあんたを信じたり、疑ったりはしないわ。あたしはあたしがするべきだと思っていることをしているだけだものね」
こいつらは何について話し合っているんだ?
そんな長文や抽象的なことばかり言われたら、意味がわからん。
なんだか話に置いていかれているような気がする。
「……よくわからんが、俺はとりあえず二人についていけばいいんだよな?」
「そうですね」「そうよ」
よし、深く考えないでおこう。




