62 モルガンブルク作戦
「ふー、ふー」
火魔法でほっかほかに焼けた肉を、ソファイリはほっぺたをぷくっと膨らませながら冷ましている。
彼女はその肉の温度が食べごろまで落ちたかどうかを、舌でぴちゃっと触れて確認すると、満足したのかうんうんと頷いてから、がぶりと厚い表面に歯を食い込ませた。
ぽとりぽとりと香ばしい匂いの肉汁がソファイリの口から 滴っている。
かなり美味しそうだ。
幸せそうな表情を浮かべるソファイリを眺めていると、どんどん俺の腹が減ってくる。
あー、もう我慢できん!
「カーン、俺の分はまだなのか?」
「火が全体に通るまで、もう少し待っていてください。このような状況下で生肉を食べて、お腹を壊してしまったら大変ですからね」
カーン、ソファイリと俺の三人は、現在モルガンブルクの周辺にある林に身を潜めている。
夜になって見張りの視界が悪くなるのを待つためだ。
指名手配されている俺たちは、のこのこと門から入るわけにはいかないので、暗くなるのを待ってから塀を越えて侵入するつもりだ。
離れ離れになってしまった他の八勇士たちとはまだ合流していないが、一刻も早くトリンを助けに行くべきだと感じた俺たちは、今夜モルガンブルクへ突入することになったのである。
……とまあ、そういったどうでもいい現状の説明はともかく、俺の晩飯がそろそろ焼けそうだ。
カーンは火魔法を停止させ、塩と胡椒をぱっぱと肉の上に満遍なく振りかけた。
「はい、どうぞ」
「おー! サンキュー、カーン!」
俺はいかにもRPGっぽい見た目をしている骨つき肉を手に取った。
そのままがつがつと食べきってしまってはつまらないので、最初の一口をいただく前に、まずはくんかくんかと 心ゆくまで肉の匂いを堪能して自身の食欲を煽る。
とうとう我慢できないほどの空腹感に襲われた俺は、口をゆっくりとあたたかい肉の表面に近づけ――
……。
誰かが俺のシャツの裾をしつこく引っ張っている。
あとにしてくれないか?
取り込み中なんだが。
だが肉を口の近くに持ってこようとすると、裾を引っ張る力はだんだんと増していき、あと1センチってところで椅子として使っていた切り株から引きずり落とされてしまった。
痛てててっ……。
俺の腕は大ダメージを負ったが、骨つき肉はどうにか守りきった。
「何やってんの?」
ソファイリは怪訝な顔をしながら俺にそう言った。
はたから見れば意味もなく転げ落ちたようにみえるもんな、今の。
「ちょっと、トイレに行ってくる」
このままでは食事を続けることができないので、仕方なく俺の裾を引っ張り続けているやつについて行く。
ソファイリとカーンの視線が届かない木々の裏側まで行ったところで、影の薄いあいつが姿を現した。
「何か用か?」
毎度のごとく、雪国だというのに全裸+マフラーな格好をしているミンだ。
「……困った。ここでは生きていけない」
「だから、俺があげた服を着ればいいだろ」
往生際が悪い奴だ。
人に見られたくないのでどうしても服を着たくないという、一見、矛盾している厄介なコンプレックスである。
「違う。それは問題ない」
「じゃあ、なんだよ」
「お腹空いた。ここには狩れる動物がほとんどいない。木の実もない。もう限界……」
「なら、一緒に食べればいいだろ。お前も八勇士なんだし」
「……恥ずかしい。やだ」
めんどくさすぎるだろ!
呆れ果てた俺がミンを放置してカーン達のところへ戻ろうとすると、彼女の腹が追い詰められたうさぎが出しそうな恐ろしい悲鳴をあげた。
まずいな。
よく見たら、顔とかが乾燥ぶどうっぽい感じにやつれているし、もともとかなり細かった腕が今にも折れそうな木の枝みたいになっている。
ここで放置したら間違いなく死ぬぞ、こいつ。
「……それ、ちょうだい」
彼女の視線は俺が手に持っている骨つき肉に釘づけられている。
「はぁ……」
ここで俺が取るべき行動は一つしかない……か。
俺はミンに焼きたての骨つき肉を差し出した。
「……ありがとう」
それを受け取ると彼女は再び姿を消した。
お、俺の晩ご飯が……。
***
「そろそろ、出発しますよ」
夜が更け、辺りのほとんどが見えなくなった。
モルガンブルクへの入り口である門の近くには松明がいくつか設置されているが、俺たちは塀を登って入るので問題なしだ。
しかし――
「こんなの登れるのか?」
ソファイリの胸並みにつるぺた絶壁なんだが。
高さも10メートルは超えてそうだし。
「なんか、変なこと考えたでしょ? 顔に出てるわよ」
うわ、バレてる。女の勘は怖いものだ。
「登れますよ 。無論、魔法を使わなければ無理ですけれどね」
「爆破して穴を開けるのか?」
「馬鹿ね。そんな大音を立てたら、あっという間に兵隊達に見つかっちゃうわよ」
「じゃあ、どうするんだよ」
「ソファイリ様、瞬間移動は使えそうですか?」
「無理よ。結界が張ってあるわ。王都なんだし、しっかりと防護されているみたいね 」
「となると風魔法で強引に飛び越えるしかなさそうですね。ですが、この高さは私の魔力量ではおそらく超えられません。ソファイリ様には可能でしょうか?」
「あたしたち三人分の重さならギリギリいけそうね。早速、やってみるわよ。あたしの手を掴んで」
俺はソファイリの右手を掴み、カーンは彼女の左手を掴んだ。
そして、ミンが俺の左手を掴む。
ソファイリは 固くまぶたを閉じて、 呪文を唱え始めた。
「ライジング――」
突然、強烈な突風が地面から吹き上がった。
スカートがめくれていないか確認するために、すかさずソファイリの下半身に目を向けるが、重力魔法を同時に発動させているのか、なぜか裾はまったくなびいていなかった。
こういうシーンで無駄なパンチラが発生するのはお約束だろ。
仕事しろよ、異世界さん。
「うわっ」
足が急に浮かび上がったので 、びっくりして思わず声を漏らしてしまった。
あっ。
そういえば、三人分の重さがギリギリどうのこうのとかソファイリが言っていたような気がする。
でも、ここにいるのは三人ではなく――
「――ウィンド!」
凄まじい速度で跳躍をした俺たちは、あと少しのところまで届くと――塀に激突した。




