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61 モルガンブルクへ

 俺たちは現在、モルガンブルクへ向かう馬車の中に乗っている。

 今のところ盗賊やモンスターなどのありがちな旅路の危険物には出会っておらず、全くもって順調なスタートだ。


 し、しかし……尻が痛い。

 やっぱり、馬車は苦手だ。

 都会の綺麗な道路と、ふかふかなカーシートに、散々甘やかされた俺の尻にはちょっときついんだよね。

 藁でもあれば下に敷いて痛みを和らげられるのだが、馬車の中には氷のように冷たい木製の床しか用意されていない。


 何か座布団として使える柔らかそうなものはないのだろうか。

 この場でもっとも柔らかいものは……おそらくセタニアの太もも辺りだろう。

 俺が上に座ってもセタニアは文句を言わないだろうが(むしろ喜びそう)、あそこに座るのはちょっと勇気がいるな。

 小心者な俺には不可能な英雄的行為である。

 ああ、ハーレムラノベの鈍感系主人公に転生したかったなぁ……。


「なあ、カーン。後、どのくらいでモルガンブルクに着くんだ?」


 退屈そうに貧乏ゆすりをしているアムルが質問をした。


「そうですね。夕暮れまでには、たどり着くはずです」


「だりぃ~」


 夕暮れまでにはということは、夕暮れのちょっと前に着くということだろう。

 さっき朝を迎えたばかりなので、まだ半日以上はありそうだ。

 


***



「おい、そこの馬車! 止まれ!」


 うーん、むにゃむにゃ。

 なんだか外が騒がしいことになっているみたいだ。

 あまりにも退屈だったので、ついつい眠りこけてしまっていたらしい。

 まあ、こんなに柔らかくて、暖かくて、いい香りがする枕があるんだから仕方がな――枕!?


「おはよう、モーラノイ」


 枕じゃありませんね、これ。

 脈打ってるし。


「ごめんなさい! わざとじゃありません! 許してください、この通り!」


「?」


 俺が思わず怒涛の謝罪を浴びせかけると、セタニアはきょとんと首をかしげた。

 今のはちょっと過剰反応だったたかもしれない。

 だが、これ以外の反応を俺みたいな小心者に求めるのは酷だ。

 あんな刺激的な出来事の直後に平静を装えるわけないだろ!


 ……というか、ニコニコと微笑んでいるセタニアはともかく、なぜかアムルとソファイリの方から送られてくる視線がものすごく怖い。

 憎悪を感じるレベル。

 なんで?

 君たち、関係ないよね?

 

「この中に、こいつらに似た乗客はいるか?」


 またもや、外から声が聞こえてきた。


「えー、はて。多分、いないんじゃないですか?」


 どうやら俺たちが乗っている馬車の御者と何かについて話し合っているみたいだ。


「隠していたら、重罪だぞ」


「はいはい、わかりましたよ。念のためにちょっくら確かめてきますね」


 がちゃんと扉が開き、中に御者さんが上がってきた。 


「どうやら、あんたたちは指名手配されているみたいだね。何をしでかしたのかは知らないが、そこの兵隊さんがあんたらの顔が描いてある絵を持っているよ」


 どうやら、俺たちの活動は王都まで伝わっていたらしい。

 国一番の商会を壊滅寸前まで貶めたのだから、当然か。


「私たちを差し出すつもりなんですか?」


 カーンがそう言うと、アムルとゴーサルは咄嗟に戦闘態勢をとった。


「いやいや、まさか。引き受けた仕事はちゃんとこなすよ。客を売ったりなんかは絶対にしないね。信用第一が俺の商売人としてのモットーだ」


 俺はほっと溜息を吐いた。

 この人に任せておけば、なんとかこの場を切り抜けられそうだ。


「でもね、モルガンブルクの中まで送るのはやめだ。こっちのリスクが高すぎる。ある程度近くまで送ったら、そこで下すからね」


「はい、承知しました」


 そう言うと、御者さんは屋形からのこのこと出て行き、リフォニア兵に俺たちの不在を告げた。


「本当か? 隠していたらひどい目にあうぞ」


「本当ですよ。神に誓って」


「そうか。では、もし見かけたらこちらに連絡をくれ。現在、身代金の総額は一人につき10万ベリスだ」


「!@$#T@#%!$^#$^@^@います! 彼らは中に乗っていますよ!」


 裏切るの早っ!

 まだ登場してから、一話も経ってねーよ!


「おい、お前ら! この馬車を取り囲め!」


 うわぁ、ちょっとまずい感じになってきた。


「みんな、あたしの近くに寄って!」


 ソファイリはぼーっとしている俺の腕を引っ掴んだ。


「ここから少し離れた場所まで瞬間移動するわよ。囲まれている状況からは逃れられるけど、大した距離は稼げないわ。間違いなく、兵隊たちの視界圏内からは出られない。だから、外に出たらすぐに前へ向かって全力失踪。わかった?」


「私も助太刀しましょう。外に出たら、火魔法で煙幕を張ります」


「ありがとう、カーン。じゃあ、いくわよ――テレポーテーション!」


 足元に見覚えがある魔法陣が浮かび上がった。

 すると、たちまち周囲の壁がうっすらと消え去っていき、茶色い木製の床が真っ白な雪路に侵食されていく。


「今よ、まっすぐ走って!」


煙幕(スモーク)!」


 あたり一面が濃い煙に包まれた。


「なんだ、この煙は!?」


「隊長、脱走したみたいです! 屋形の中に誰もいません!」


「さっさと捕まえてこい!」


「どっちへ向かったのか、わかりません!」


 兵隊達は混乱しているみたいだ。

 煙が消える前にさっさとここから逃げ出さないと。



***



 ふぅ……。

 走り疲れたので、一旦休息するために俺は地面の上に座り込んだ。

 背後を振り向いてみたが、兵隊達の姿は見つからなかった。

 どうやら奴らから逃れることに成功したみたいだ。


「困ったわね」


 俺の隣にはソファイリ、そしてカーンが立っている。


「どうやら、三人とはぐれてしまったみたいです」


 そういえば、ゴーサルとアムルとセタニアが見当たらない。

 煙幕の中で別の方角へ走ってしまったのだろうか。


「私の責任です。私が煙幕を張らなければこんなことには……」


「仕方ないわよ。咄嗟の判断だったんだし。それに、煙幕がなかったら無事に逃げきれていたかどうかもわからないわ」


「ソファイリの言う通りだ、カーン。あんまり気にするな。それに、あいつらは強いんだし、ほっといても大丈夫だよ」


 アムルはともかく、ゴーサルとセタニアがやすやすと敵兵に捕まってしまうようなことはないだろう。


「じゃあ、さっさとモルガンブルクを目指すわよ。他の三人も無事に逃げられていたら、そっちを目指しているはず。きっとそこでまた会えるわ」


 雪原の向こう側には大きな街並みが、ひょっこりと生えている。

 きっと、あれがモルガンブルクなのだろう。

 どうやら俺が馬車の中で寝ている間に、結構近くまで来ていたみたいだ。

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