X6 トリンはどこへ
フーンとセタニアが室内に戻っていくのを確認すると、ゴーサルはしかばねのように地面に転がっている滑稽な姿のアムルのもとへ、のそのそとその巨体で歩み寄った。
「おい、大丈夫か?」
「は? 大丈夫に決まってるだろ! 俺っちはあの程度の攻撃でくたばるほど柔じゃねーよ」
少々傲慢な態度をとっているが、アムルの体の口以外の部分は死んだように動いていない。
見栄を張っているのだろう。
「ならば、自力で立ち上がれるのだな」
「……お、おう。もちろんだぜ!」
「そうか。ならば情けない姿のまま地面に横たわるのをやめ、それを証明してみろ」
「お、おう。ちょっと待ってろ。いますぐ立ち上がってやるぜ」
アムルは歯を思いっきり食いしばり、顔をリンゴ色に染めながら、うおーと雄叫びを上げた。
しかし、彼の体はやはり動かない。
無理やり筋肉を再稼動させようとしているのだろうが、魔法攻撃に含まれていた麻痺効果には逆らえないみたいだ。
「糞糞糞糞ッ!!! ……って、おい何しやがるんだ、下ろせ!」
ゴーサルはひょいとアムルを背中に担ぎ上げた。
「動けないのだろう? 意地を張るのはよせ。私が室内まで運んでやろう」
「ああ、うぜーんだよ! 俺っちは歩けるっつーの!」
ははは、とゴーサルは朗らかに笑った。
アムルはゴーサルから逃れようと必死にもがこうとするが、やはり筋肉をうまく動かせないのか、ぴくりと体の所々が震えるだけで完全に無抵抗だ。
二人とも大の男なのだが、ゴーサルの体が相対的に大きすぎるせいで、子供を担ぐお父さんみたいな形になっている。
「は、早く下ろさねーとぶん殴るぞ! こんなとこを他の連中に見られたら恥ずかし――ん?」
――ボコス!
ゴーサルの頬にめり込むアムルの拳。
強烈な不意打ちを食らって怯んだゴーサルは左に数歩よろけ、アムルをその場に落とした。
驚いた表情をしているアムルは猫のようにすたっと華麗に着地すると、痛そうに頬を抑えているゴーサルへ視線を向ける。
「わ、悪い。殴るつもりはなかったんだ。なんか、急に体が元気になって俺っちの手が――」
「鬼神拳!!!」
アムルはゴーサルの必殺技を紙一重でかわした。
鬼神拳の波動が通った後にはアムルの髪の毛がパラパラと舞い降りていた。
「おい豚猿、あぶねーだろ! それに俺っちは謝ってるっつーの!」
「そんなことはわかっている。それに私は貴様を許したつもりだ。だが、何故かお前の顔を見るだけで無性に腹が立ってくる。この怒りを鎮めるために、一発殴らせてくれ!」
「なんだよそれ! 理不尽すぎ……ん? なんだか俺っちも無性に腹が立ってきたぞ。しかも、どんどん力がみなぎってくる……ような気がするぜ! わかった、受けて立つ。勝負だ、糞田舎もんの豚ゴリラ野郎!!!」
「行くぞ!」
ゴーサルは鬼神拳を乱発する。
だがアムルは迅速なステップでそれらをかわしながら、隙を狙って鋭い反撃をかましていく。
体が頑丈なゴーサルはそれを苦ともせずに攻撃を続け、ついに鬼神拳をアムルの横腹に直撃させることに成功した。
「くっ……やるな、糞猿」
血が混じった唾を吐きながら、アムルは強気にそう言った。
「貴様もな、糞魚」
息切れ気味に、かすれた言葉を綴るゴーサル。
数々の攻撃を耐え続けた彼の身体はずたぼろに傷ついている。
「よし、ここで決めるぜ!」
「私も同感だ!」
「ライジングスラスト!」
「狂神拳!」
「うぐふぉっ!」
「んごっ!」
お互いの最終奥義を直に食らった二人は、ふっと同時に一瞬笑みを浮かべ、そのまま共にその場に倒れこんで気絶した。
***
(カーン視点)
「アムル様、ゴーサル様。大丈夫ですか?」
「ん……お、おう」
私が声をかけると、眠っていたアムル様は目を醒ましました。
「あんたたち、何ぼんやりと昼寝してんのよ。見張りはどうなったの?」
ソファイリ様は手を腰にやり、怒った表情でアムル様を非難します。
「ぼんやりと昼寝してたわけじゃねーよ。俺っちとゴーサルは拳と拳で語り合ってたんだよ。男同士のコミュニケーションって奴だ。ほら、俺っちの傷を見ろ……ん? 傷が綺麗さっぱりなくなってやがる」
アムル様は自分の身体をくるっと一周見回すと、今度は視線をゴーサル様へ向けました。
「あいつの傷も消えてるじゃねーか」
「……寝ぼけてたんじゃないの?」
「いや、そんなはずはねーよ。ゴーサルが起きたら、俺っちの証言を立証してくれるはずだ」
「ふーん、そう。ぶっちゃけ、別に本当でも嘘でも、あたしはどうでもいいんだけどね……」
「それより、アムル様。トリン様を見ませんでしたか?」
「トリン? 知らねーよ」
つまり、姫様はこちらの門から外へ出てはいない、ということになるのでしょうか。
ぐっすりと熟睡していたので、その隙にここを通っていった可能性もありますが。
「みんな集まってるけど、どうかしたのか?」
事務所の中からフーン様が出てきました。
「あんた、見張りの仕事を投げ出して怠けてたでしょ?」
「いやいやいや、俺はね、ついさっきまでセタニアに襲われているところを、大正義タライ様に救われて、命からがら逃げ出してきたところなんだよ。超大変だったんだぞ。一生分の働きをしたとも言えなくもないレベル。……まあ、厳密に言えば怠けてたのも事実だけどな。それは些細なことだよ」
「はぁ……相変わらず達者な口ね。あんたはトリンのこと見た?」
「いや、見てないけど」
フーン様も見ていない。
だとすると、トリン様は意図的に皆の視線を避けながら、行動していたように思えてきます。
一体どういうつもりなのでしょうか。
「フーン殿、もしやさっきの怪しい連中に関係しているかもしれないぞ」
いつの間にか正気に戻っていたゴーサル様がそう告げました。
「ああ、なるほど。あの連中に攫われたのかもしれないな。最後に意味深なこと言ってたし」
「フーン、そのことをもっと詳しく教えて」
ソファイリ様がそう言うと、フーン様は面倒くさそうに大きくあくびをし、物事の概要を伝えてくれました。
どうやら、武装した怪しい集団に襲われたので容易に撃退したら、彼らは目的は既に達成したと告げて逃げ帰っていたようです。
確かに怪しいかもしれません。
その怪しい集団を追う価値はありそうです。
「どっちに逃げたのかは覚えてるの?」
「覚えてないけど、俺についてくれば、奴らの居場所に簡単にたどり着けるぞ」
「それ、矛盾してるわよ……」
「心配するなって、俺を信じろ」
フーン様の圧倒的な自信は、一体どこから湧き上がっているのでしょうか……?




