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X5 後には引けない


「困りますよ! これから麦をモルガンブルクに持っていかないと、あたしゃ一文無しになっちまいます! 長年善処してきた契約を急遽取り消すなんて横暴です!」


「すみません。ですが、会長によって決定されたことなので私達の所在ではどうすることもできません」


「あたしの家には、あたしの帰りを待っている子供と妻がいるんですよ。この仕事がパーになっちまえば、冬を越せなくなってしまいます!」


 粘り強く訴えてくる彼は、エデイン商会と長年取引を続けてきた商人です。

 罪のない彼を絶望の谷へ叩き落してしまうのは非常に心が痛みますが、私にはどうすることもできません。

 もし私の策が成功していれば、この状況を回避できたかもしれません。

 しかしフーン様に先を越されてしまい、全てが失敗に終わってしまった以上、今の私は八勇士達に疑いの目を向けられないように、王の指令に従い続けるほかないのです。


 八勇士がリフォニアに与える被害を最小限に食い止める為に、王の企みを阻止する為に、私は全力を尽くしました。

 しかし、無情な神は私に微笑みはしませんでした。

 こんなことになるのであれば誤魔化しでやり過ごす手段を考えるよりも、彼らを説得する方に努めるべきだったのかもしれません。

 ですが、時すでに遅し。


「お願いですよ! これが最後の麦でいいですから、売ってくださいよ!」


 私達は、全ての契約を破棄、物品の売買を停止、従業員を全て解雇といった残酷な愚行を推し進め、エデイン商会を見事に破滅の一歩手前まで突き飛ばしたのです。

 ここまで酷い被害を発生させた私達を、リフォニアの王が見過ごすはずはありません。

 情報が届きしだい、大勢の兵をこちらへ送り込んでくるでしょう。

 アーマインの王の思惑通りに。


「うるさいわね。さっさと出ていかないと、焼き殺すわよ」


 ソファイリ様の我慢が限界に達したみたいです。

 彼女は哀れな商人の目の前に大きな火の玉を出現させました。


「ひーっ! わ、わかりましたよ、帰ります帰ります! ですけどね、あたしはもう二度とあんたたちのところとは取引はしませんからね。知人の商人にもこことだけは絶対に関わるなと伝えて回りますよ? あたしの人脈は結構広いからね、絶大な損を担うことになりますよ? それでもいいんですか?」


 哀願の次は脅迫。

 彼も私のように、なりふり構っていられないほどの窮地に追いやられているのでしょう。


「いいに決まってるでしょ。早く出て行って」


 無慈悲なお言葉。

 ソファイリ様の冷酷無残な対応に絶句した商人は、泣く泣く出口へと逃げて行ったのでした。


「はぁ……ちょっと飽きてきたわね。商人ってどうしてこんなに諦めが悪いのかしら。あたしはちょっとあっちの部屋で休憩してくるわ。またうるさいのが来たら、あたしを呼びに来てちょうだい」


「はい、畏まりました」


 長い嘆息をもう一度吐き、ソファイリ様は事務所の奥の方へと歩いて行きました。

 すると部屋の片隅で、椅子の上に座って、私と商人たちの言い争いを静かに観察していた姫様がひょっこりと立ち上がり、こちらまで寄ってきました。


「ねえ、トロイ。さっきの商人が言っていましたけど、モルガンブルクってここから近いのでしょうか?」


「そうですね。馬車を使えば、半日も経たずにモルガンブルクからここまでたどり着けるはずです」


 モルガンブルクとはリフォニアの王都です。


「本当! でしたら、私をそこまで連れて行ってくださいませんか? 私、あの方とお会いしたくて……」


 姫様はぽっと顔を赤らめました。

 あの方とはリフォニアのマイル王子のことでしょう。

 そもそも、彼女が影武者を城に置いて私にこっそりとついてくるといった無謀な行為に出たのは、彼に会いたかったからでしたね。

 尾行に気づいた時、私は彼女を送り返そうとしましたが、強情な彼女は絶対についていくと何度も言い張り、しまいには連れて行ってくれないと私の行動を全て王に暴露すると脅迫までしてきたのです。

 なので、私は仕方なく姫様の同行を受け入れました。


「事が落ち着いたら連れて行きますよ。ですが、それまでは我慢していてください」


「わかりましたわ。事が落ち着いたら、絶対にですわよ? ああ、彼に会ったらなんと言えばいいのでしょうか? きっと絵本に出てくる白馬の騎士のような、立派な殿方になっているはずですわ、うふふ」


 姫様とマイル王子は幼い頃に舞踏会で一度出会い、それ以来ずっと文通を続けています。

 ようやく愛しの人に直接会える機会が訪れたので、姫様は非常に高揚しているみたいです。

 ちなみに、彼と彼女の間を渡った数々の便箋をリフォニアからアーマインまで、そしてアーマインからリフォニアまで届けていたのが私です。


「畏まりました、姫様」


 しかし……本当に事は落ち着くのでしょうか。

 最悪の事態に陥った場合、私は八勇士を見捨て、姫様の安全を優先して城まで連れ戻すことになるかもしれません。


 それとも――


 ――私が自ら八勇士を暗殺するべきなのでしょうか。


 そうすればリフォニアの兵が八勇士と争うことはなくなり、全ては丸く収まります。

 死者数を抑えるという点では、もっとも効率的な手段です。

 私が全ての罪を背負うことによって、世間はこれまで通りに回り続けられるようになるでしょう。


 ですが――


 私はちらりとソファイリ様が向かった方角へと目をやります。

 罪のない人たちを犠牲にして訪れる平和に価値はあるのでしょうか。

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