X4 メロット
メロット。
ここはリフォニア内でもっとも経済的に盛んな都市。
その主な理由は、リフォニアでもっとも大きい商会である、エデイン商会の本拠地がここに存在するからです。
「ようやく、目的地についたわね」
ソファイリ様はフードを脱ぎ、興味津々な視線でメロットを丘の上から眺め下します。
「さっさと突っ込もうぜ! エデイン商会とやらはどこにあるんだ?」
「それをこれから調べに行きますよ」
私たちの次の目的。
それはエデイン商会を襲撃し、リフォニア内の商品の流通に打撃を与えることです。
リフォニア内での物品の流通を妨げ、食物などの必需品を手に入れることを難しくすれば、長期的に有利な戦を進められるという算段でしょう。
少なくとも表向きは。
「効率を重視するために、三つのグループに分かれて情報収集をしましょう」
「……別に構わないが、俺っちは田舎もんのベヒザルもどきと組むのはごめんだからな」
「私もあの魚の糞のような匂いを醸しだす奴とだけは、絶対に街中を歩かないぞ」
「では……アムル様とソファイリ様とセタニア様、フーン様とゴーサル様、そして私とトリン様で問題はありませんか?」
誰の口からも異議は唱えられませんでした。
どうやら、同意を得られたようです。
***
リフォニアの中ではもっとも大きな都市とされるメロットですが、アーマインの王都と比べると、賑わいの差は歴然です。
王都の市場は極端に人が多く、数多の足で覆われていて地面を見ることすら叶わないほど混雑しているのが常ですが、メロットでは視界の中に入り込んだ人を楽々と数えきることが可能です。
人口密度の差が如実に表れています。
「ねえ、トロイ」
「この場でその名を使うのはお控えください、姫様」
「別に大丈夫ですわ。誰もいませんし。それに、トロイも私のことを姫様と呼びましたわよ」
いつもの癖で、つい口が滑ってしまいました。
「そんなことより、トロイ。あそこで売っている菓子パンを買ってくれませんか? とっても美味しそうですのよ」
「トリン様、時は一刻を争う状況です。そのようなことは後回しにしてください」
姫様は不満そうに口を尖らせましたが、特に駄々をこねることなく私についてきます。
他の八勇士達が見つけてしまう前に、私は急いでエデイン商会の会長に事情を説明しなければなりません。
私が分断を促したのは、効率を高めるためではなく、自身の行動から制限を取り除くためでした。
「ねえ、トロイ。商会の会長に一体、何を伝えるのでしょうか?」
「真実を全て伝えます」
「彼は信用できる人間なのでしょうか?」
「信用に足りうるかはわかりませんが、私と彼の利害は一致しています。快く協力してくれるはずです」
もし王の企みが成功してしまえば、リフォニアはアーマインの支配下に置かれてしまいます。
それはリフォニアの経済をほぼ独占している、エデイン商会にとっては大きな問題となりえます。
「真実を伝えた後はどうするのでしょうか?」
「彼にちょっとした演技をしてもらうように頼みます」
「面白そうですわね! どのような演技をするのでしょうか?」
「八勇士達がエデイン商会を潰すことに成功したと錯覚させるような演技です。そうすれば被害を最小限に抑えながら、八勇士の暴行を止めることができます」
「なるほど。楽しそうですわね!」
少し間違えば全てが終わってしまう非常に緊迫した状況だというのに、姫様はのんきに鼻歌を歌っています。
「本当に城から抜け出して良かったですわ。トロイと一緒に旅を始めてから、毎日、面白いことばかりですもの」
心の奥底から溢れ出した微笑みは、彼女の顔を覆う布を越してまで私に伝わってきました。
エデイン商会の事務所までもう少し。
私達は寄り道をせずにまっすぐここへ向かったので、商会の場所を知らない他の八勇士達は、まだここまでたどり着いていないはずです。
***
「おっ、また勝っちゃったな」
「そ、そんな馬鹿な! 貴様、その札が当たる確率を知っていて、尚も降りなかったのか!?」
「いや、そんな難しいことを考えながら遊んでないよ。気合いを込めながら札を引いてるだけ」
「く、糞ッ! もうワシは一文無しじゃ! やけくそじゃ! 全部持ってけ!!!」
事務所の中に入ると、何やら騒がしいことになっていました。
大勢の人たちがガヤガヤと騒ぎながら何かを囲っています。
周囲から聞こえる話し声の断片から察するに、誰かが賭け事で大損を出してしまったみたいです。
「おっ、カーン殿! 急いでこっちに来てくれ」
人混みの中からゴーサル様の声が聞こえてきました。
どうやって私より先にここを見つけられたのでしょうか?
人混みを掻き分けて、ゴーサル様の目立つ巨体まで進みます。
「やあ、カーン」
椅子に座りながら、にたにたと笑顔を浮かべているフーン様。
彼とは反対側の位置では、全裸の男が頭の毛を掻きむしりながら、狂ったキツツキのようにテーブルに額を幾度も幾度もぶつけ続けています。
「何が起きたのですか?」
「えっと、端的に言うと――なんか成り行きで、商会ごと手に入っちゃったんだよね」
「え?」
き、聞き間違いでしょうか?
「だから、商会が丸ごと手に入ったんだよ」
「え?」
他に返す言葉は思いつきませんでした。




