X3 トラブル対処
喉に詰まっていたわかだまりをごくりと飲み干し、私は胸をなでおろしました。
もう一歩踏み出していれば取り返しがつかない領域まで届いていたかもしれませんが、後は魔法陣を完成させるだけで、八勇士たちを帰還させることができます。
危ないところでした。
とはいえ、悪天候が発生するまで待つという制約をつけただけなので、問題の根本的な解決にはなっていません。
このようなごまかしを八勇士の契約期間が切れるまで、一年間も続けるのはどう考えても不可能ですからね。
ですが、これでしばらくは時間を稼げるはずです。
悪天候が発生する前に、隙を見てこちら側の魔法陣を破壊すればさらに時間を稼げます。
姑息な手段ではありますが、今の私に最も必要な物は時間。
それを手に入れるための手段を選ぶ余裕は到底ありません。
火魔法で雪を溶かしながら、魔法陣を焼き付けるための地面を確保していると、ソファイリ様が私のもとへやってきました。
「手伝ってあげるわ。何を書けばいいの?」
助かりました。
一人で全てを書くのは、結構骨が折れる作業です。
「魔国文字は使えますか?」
「重複文字と応用文字はまだ習ってないけど、基盤文字なら全部知ってるわよ」
「では、魔法陣の端に沿って空間の文字を書いてくれますか?」
「わかったわ」
意外です。
エルフは魔国を忌み嫌っていると聞いていたので、魔国によって開発された魔法陣を利用する技術には決して触れたりはしないと思っていたのですが、普通に魔国系の知識も会得しているようです。
彼女は小声で「マッチ」と唱え、華奢な指先から細長い青い炎の柱を噴出し、ペンで落書きをしているかのようにいとも容易く、そして手早く、私の作業速度を数倍上回る速さで文字を地面に焼き付けていきます。
器用に扱うのが最も難しいと言われる火魔法を、ここまで正確に操れる者を私はこれまで一度たりとも見たことがありません。
これが俗に言う天才というものなのでしょう。
魔法に関する知識の総量で比べれば、私の方に軍配が上がるかもしれませんが、潜在的な魔力の適正を比較すれば、月とスライム程の差がありそうです。
彼女が手伝ってくれたおかげで魔法陣はあっという間に完成しました。
崩れている箇所が一つたりとも見つからない、最上級の出来栄えです。
私は達成感と安堵感に包まれ、溜まっていたストレスが一気に体内から放出されていくのを実感します。
今日は私の勝利で……なんでしょうか?
少し辺りが暗くなったような気がします。
――ビュロロロロロロー!!!
唐突な突風、そして吹き荒れる雪。
魔法陣が瞬く間に覆われていきます。
山の天気は変わりやすいとはよく聞きますが、これは度が過ぎるのでは?
「目の前すらほぼ見えん! 絶好の機会だぞ、カーン殿!」
暴風にかき消されないほどの大声で叫ぶゴーサル様。
「そうね。せっかくだし、今の内にあの砦を落としておきましょ」
さっきまでは私の味方だったソファイリ様までもが、闘争心を煮えたぎらせています。
ですが、仕方がありません。
私が出した攻め込むための条件がたった今、達成されてしまったのです。
***
どうやら、神は私を見放したようです。
簡単に砦の中に潜入できてしまいました。
人間同士の争いがほぼなくなった平和な現代とはいえ、見張りを配置せずに門を大っぴらに開いておくのは、さすがに気を緩めすぎです。
「敵が見当たらないわね」
ソファイリ様はきょろきょろと周囲を見渡しています。
入り口付近には誰もいないみたいです。
おそらく、兵士たちは寒さをしのぐために奥の部屋に潜んで、酒でも飲んでいるのでしょう。
「さっさと奥まで行こうぜ!」
「待ってください、アムル様。あまりにも静かすぎます。これはきっと罠です」
「罠? まあ、ありえるかもしれねーけど……こんな少数を相手にわざわざ罠なんか張るかよ、普通。敵はまだ俺たちのことを知らないんだろ?」
実際のところ、完全に知られています。
防衛隊長を殺してしまいましたからね。
リフォニア側は我々のことを未知の危険な蛮族集団とでも思い込んでいるはずです。
間違いなく要注意人物に指定されています。
彼らに直接この事実を教えるべきなのでしょうか。
王の恐るべき計画と、それを遂行するために犠牲となる八勇士の真の役割を。
ですが、それは彼らの命を危険に晒すことと同義です。
もし真実を知れば、彼らは間違いなく王に敵と見なされてしまうでしょう。
それに、彼らが私の出張を信じる保証もありません。
たった一人でも私を疑う八勇士がいれば、私の行動や思惑を王に漏らしてしまう可能性もあります。
そうなれば、王は間違いなく私達を殺しにくるでしょう。
やはり彼らを自然と真実にありつかせる方法、もしくは一年間の間、リフォニアへの侵攻を妨げる方法を見つけなければなりません。
ですが、それは長期的な目的。
今、この場を乗り切るには、一体どうすればいいのでしょうか?
「そ、それもそうですね。確かに罠の可能性は低いかもしれません。ですが、用心するに越したことはないですよ。私が先行して砦の奥に危険がないか調べてきます」
「それだと、お前が危ないんじゃないか?」
「鑑定スキルを発動させておけば、隠れている敵や罠の存在もすぐにわかりますから、大丈夫ですよ。それに、私一人の手には負えない数の敵を見つけたら、すぐに知らせに戻ってきます」
「なら、いいけどよ……」
どうにか彼を納得させることができたみたいです。
私は砦の奥へ進むために階段を登っていきます。
兵の位置は既に鑑定で把握済みなので、どちらの方角へ向かえばいいかは、大体察しがついています。
最上階である3階まで上がり、廊下の奥を目指します。
すると、廊下の奥の方の部屋から愉快な笑い声が聞こえてきました。
「おいおい、それはないだろ!」
「さっさと降りないお前が悪いんだろ。賭けちまったんだから、それはもう俺のもんだよ! へっへっへ!」
「けっ、くやしー! おい、トック。もう一杯、注いでくれ。こうも負け続けると、もっと飲まなきゃ、やってられねぇよ」
どうやら、酒を飲みながらギャンブルでもしているみたいです。
酔っているかもしれないので、真面目に話し合って、出て行ってもらうように頼むのは難しそうです。
ここは少々荒い手段を使わざるを得ないかもしれません。
「ファイア」
彼らに聞き取られないように呪文を小声でつぶやき、私は木製の扉に火を放ちました。
「おい、なんだか焦げ臭くないか?」
「そういえば、そうだな」
「ちょっ、お前ら! 扉を見ろ! 火事だよ、火事!」
「マジかよ! 誰か水をかけろ!」
「この部屋には酒しかねーよ」
「酒でもいいから、かけろ!」
「そんなもったいねーことできるかよ!」
「アホか! 焼け死んだら酒なんて飲めねーだろ!」
「やめとけ! 爆発するって聞いたことがあるぞ!」
「おい、窓から逃げるぞ!」
「出れねーよ! お前が冷気が入ってくるっつーから、さっき窓に板を釘で打ち付けたんだよ」
「さっさと取り外せ!」
「間に合わねーよ!」
「なら、一か八かだ! 一気に炎の中を駆け抜けて、扉から出るぞ!」
それは困ります。
こちらから逃げれば、八勇士に突っ込むことになってしまう。
こうなってしまえば仕方がありません。
無理やり道を切り開いてあげましょう。
「ビッグボム!」
――ズドーーッン!!!
壁の向こう側で爆音が鳴りました。
「おお! なんだかよくわからんが、壁に穴が空いたぞ!」
「助かった!」
「さっさと、飛び降りろ!」
あと、もう一息です。
「グライテン!」
彼らが飛び降りる位置を推測し、衝撃を和らげてあげるために、重力を軽減させる空間魔法を放ちます。
「……」
向こう側から声が聞こえてこなくなったので、水魔法で炎を消火。
部屋の中に入って、自分が開けた穴から外を確認します。
すると、北へ向かって歩いている数人の兵士達の姿が見えました。
どうやら、町まで戻るつもりのようです。
火事が起きたと報告しに行くつもりなのでしょう。
さてと、彼らが戻ってくる前に、八勇士達をここから返す方法を考えなければいけません。
骨が折れそうです……。




