44 さようならベルディー その1
俺は知ってしまった。
なんと、俺は国王が定めた最低賃金以下の時給で雇われていたのである。
ソファイリに給料のことを自慢げに話したら、彼女は苦々しげな表情を浮かべて、その衝撃の事実を俺に打ち明けたのだった。
これは重大な人権侵害問題だ。
しかし――ジジイに抗議したいのは山々なのだが、あのケチに文句を言ってもクビにされるだけだろう。
別の仕事に移るのが最適の改善案なんだが、冒険者ギルドの登録カードを何度見てもランクは測定不能のまま。
ソファイリによると、一定の仕事をこなしたら自動的に次のランクへと更新されるって話らしい。
もう少し頑張らないといけないのかなぁ……。
めんどい。
『浮雲さん! 大変です!』
ベルディーが「大変です!」と言った場合、十中八九どうでもいいことなんだが、一応何事かと聞いてみることにする。
『どうかしたのか、ベルディー?』
『会社から出勤してくれとのメールが届いたんですよ!』
『有給休暇を使ってるんじゃなかったのか?』
『そうなんですけど……仕事が山積みになっていて、猫の手でも借りたい状況になっているみたいなんです』
『お前よりは、猫の手の方が役に立ちそうだけどな』
『へへへ、照れますね』
『いや、褒めてないから……』
『というわけで、数年間ほど浮雲さんとは連絡が取れなくなってしまうのです』
なん……だと?
あのうるさいヤジを飛ばす、的外れなアドバイスしかくれない、くその役にも立たない自称案内役のベルディーが数年間もいなくなるのか?
これを神展開と言わずして、何を神展開と言えよう。
『それは残念だな(棒)。でも、俺のことは心配するなよ。一人でもちゃーんとやっていける。お前がいなくても全部うまく回せるさ』
『……本当ですか?』
『もちろんだ。だから、心配になって結局戻ってきた、なんてことをする必要は全く持って一切ない。保証する』
『そ、そうなんですか? 一人でもちゃんと寝坊せずに起きて、歯を磨いて、いじめられても心を強く保てるんですか?』
俺は小学生かよ。
『ああ、全部まったく問題ない。だから、お前は会社に戻って、俺のことは忘れて全力で仕事をしてきなよ。なるべくゆっくりと、丁寧に、時間を掛けながら』
『そこまで言うのですから、心配する必要はなさそうですね。では、そろそろ出勤する時間なので』
『おう、頑張ってこいよ』
――プツン。
俺の脳内で何かが切れた音がした。
***
次の日、俺は思いっきり寝坊した。
だが、問題は何一つない。
なぜなら、ジジイから休みをもらっているからだ。
今日は年に一度行われるマジックアイテムの新製品披露会が行われるらしく、ジジイは店をそっちのけにして、そちらへ行く必要があったらしい。
というわけで、俺は一日中ぐうたらと部屋の中で――
――ぐぎゅるぐー。
まずは、朝ごはんを食べるか。
***
厨房まで行くと、そこに他の八勇士の姿はなく、いたのはテーブルで静かに小説を読んでいるチョボルだけだった。
「チョボル、朝飯は?」
「もう、ありませんよ」
ホワット!?
「全部、他の連中が食べやがりましたからね」
「クソッ! 寝坊するんじゃなかった!」
「残念でしたね。まあ、そんなどうでもいいことよりですね、フーンさん、貴様に頼みがあるんですが、お願いされてくれますかね?」
チョボルは栞のような形をした細長い白い紙切れを、本の後ろの方のページからすっと抜き出し、こちらに差し出した。
「このリストに書かれた食材を街で買ってきやがってくれませんか?」
「お、お腹が空きすぎて、街まで歩けないと思う……」
「そうですか。相変わらず、役に立たないゴミですね。では、貴様の晩飯は抜きですね」
「えっ、そ、それはないだろ! やだやだやだ! お腹すいたよー、チョボル!」
俺が駄々を捏ね始めると、チョボルはパタンと本を閉じ、椅子からすくっと立ち上がった。
まずい。これはちょっとやばい香りが漂っている。
完全に激おこプンプンしているぞ。
「働かざるもの食うべからずなんだよ、クソが!!!」
――スパコーン!
「いってーっ!」
勢いよく振り下ろされた腕から、全力投球された小説は見事に俺の額に直撃した。
ど、どうして躱せなかったんだ?
しかも、痛みが全然軽減されていないし。
堅忍不抜もどきが発動しなかったみたいだ。
「わかったら、とっとと買ってきやがれ!」
「ひゃ、ひゃい!」
チョボルから紙切れを慌てて受け取り、さらなる理不尽な暴力に晒される前に、俺はすたこらさっさとその場を去った。
更新を楽しみにしてくださっている方には本当に申し訳ないのですが、諸事情により、一週間ほど休載させていただきます。




