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43 給料の使い道

 一枚……。

 一枚……。

 何度数えても、じっと目を凝らしても、やはりコペルト小紙幣一枚だ。

 少ない額ではないが、ベッドを買うにはどう考えても足りない。


「よう!」


 給料を目の前に持って考え込んでいると、馴れ馴れしい声が背後から耳の中へと届く。


「こんなところで何してんだ、フーン?」


 にこにこと微笑みながら、俺のコペルト小紙幣をちらっと見るアムル。

 面倒な奴に、ばったり会っちゃったなあ……。


「仕事から帰ってる途中だけど」


「そうか。なら一緒に帰ろうぜ、俺っちも帰るところだったんだ」


「でも、その前にこれを使って何か買い物をしたいんだ」


「そうか、なら俺っちが付き合ってやるぜ! 心の友だもんな」


 友達になった覚えすらないんですが、それは……。

 まあ、八勇士同士なんだし、友好な関係を築くべきだとは思うかな。

 ちょっと……どころか、かなりうざいけど、付き合ってもらうか。

 一人で買い物をするのも虚しいし。


「で、フーンは何が欲しいんだよ?」


「特に決まってはないけど……」


「お、そうなのか。なら、俺っちが良い店を教えてやるよ! ついてきな!」


 アムルの目がキラキラと輝いている。

 嫌な予感しかしない……。


***


 アムルが俺を連れてきたのは酒場だった。

 しかも、ストリップバー。

 ステージに立った兎耳のボインお姉さんが、魅惑滴なポールダンスをしながら、一枚ずつ布をリリースしている。

 俺は映画とかでしか見たことがないアレな感じの酒場だ。


「店主! いつものを二杯くれ!」


「はいよ!」


 いつものってことは、既に何回か来たことがあって、顔馴染みになっているのかよ。

 見た目通りのどうしようもない奴だ。


「フーン、ここのビールは美味いんだぜ。しかも安いから、その程度でも余裕で二杯頼める」


 しかも、なんか俺が奢るのが前提みたいな空気になってるし。

 

 ――バシン!


 30cm程の高さがあるでっかいジョッキが、机の上に二つ置かれる。

 量がハンパないぞ、これ。


「早速、飲んでくれ。マジで美味いから」


 俺、一応未成年なんだけど……こっちの世界では酒に年齢制限はないので、問題ないのかな?

 では、お言葉に甘えて――ごっくん。


 ――うぐっ……。


 結論から言うと、思いっきり吹き出した。

 あんなに苦いなんて夢にも思わなかった。

 新年会で酔った兄さんに無理やり飲まされたことがあるから、初めてではないんだが、こっちの世界のビールは日本製のものよりかなりどぎついらしい。


「どうだ? 思わず吹き出しちまうほど、美味しいだろ?」


「そ、そうだな……」


 あの地味なキャベツっぽい砂味の何かといい、こいつの味覚は一体どうなってるんだろうか……。

 勿体無いので、頑張ってちびちび少しずつ飲むのを続けてみたが、ジョッキも中のビールは全く減らない。

 やっとの思いで10%程減らしても、とっくに飲み終わっていたアムルがおかわりを頼むと、俺のジョッキにもビールが追加されてしまうのだ。


 なので諦めた俺は、隙あらばアムルのジョッキにビールを注ぐ作業を繰り返すことにした。


「おぃ、ふゅーん。さ……、しゃけじゃー! もっちょ!」


 おかげでアムルは飲み過ぎて酔っ払ってしまったらしく、気が狂ったように次々と食べ物や酒を新たに頼み始めた。

 そして、10杯目のジョッキを飲み干すと、バタンとテーブルの上に倒れ伏して、完全に気を失った。


 つ!

 ま!

 り!


 ラッキー!

 今の内にここから脱走すれば、奢らずに済むってことだ!

 取り敢えず、紙幣を金貨に崩してもらって、俺のビールの分だけ支払うと俺はアムルを放置してその場を去った。

 悪く思うなよ、心の友!


***


 コペルト金貨が19枚。コペルト銀貨が2枚。

 トータルで9520コペルト。

 まだ、だいぶ余っている。

 しかも崩したせいで、全部硬貨になってしまったので、かなり重くなってしまった。

 さっさと使って軽くしたいところだ。


「お?」


 適当にうろついていると、またもや見慣れた顔を発見。

 澄ました顔ですたすたと優雅に歩いている眼鏡イケメンだ。

 最近、空気だったので名前を危うく忘れるところだったが、彼は確かカーンとかいう奴だ。


「カーン」


「どうかしましたか、フーン様?」


 さ、様付け? そういえばこいつと会話したのも、今回が初めてだっけ。

 カーンって言ってみたかったから、呼んだだけで、特にどうかしたりはしていないんだけど……ついでだし、カーンにも聞いてみるか。


「9520コペルトが手元にあるんだけど、何に使えばいいかわからないんだ。何か良い案はないか?」


「そうですね」


 考え込んでいるのか、カーンは右手の指でメガネをくいっと押し上げた。


「使い道がわからないということは、今のフーン様には欲しいものが存在しないということではないのでしょうか。なので、今後のことを考慮して貯金するのは如何でしょう? 将来きっと役に立ちますよ」


「貯金か……」


 なるほど。

 ベッドが買えるようになるまで貯金を続ければ良いのか。

 さすが、メガネキャラ。まともなことを言う。


「ありがとう、カーン。参考にするよ」


「お役に立てて光栄です。では、宿の方でまたお会いしましょう」


 そういえば、いつもはトリンと一緒にいるけど、今日は一人だったな。

 ……まあ、だからどうしたって話ではあるが。


『よし、ベルディー。俺はベッドが買えるまで貯金をすることに決めたぞ』


『それだと、小銭が多くてポケットが重いという問題を解消できませんよ』


 むむむ、確かに。

 やっぱり、もう少し使ってから帰るべきか。

 何か軽くて、役に立って、しかも必要な物が売っている場所は――


 あっ、あれだ。


***


「ただいま」


「……おかえり」


 メンタルの弱さが取り柄な俺だが、流石に同じ罠にそうそう何度も驚かされるほどバカではない。

 何故かはよくわからないが、殺害予告をされて以降、ミンは俺が部屋に帰った時に必ず出迎えてくれるようになった。

 そして、いつもはすぐにスカーフを脱いで消えてしまうのだが――


「ミン、今日は君にプレゼントがあるんだ」


「……プレゼント?」


 買ってきた物を彼女に差し出す。


「……服?」


「その通りだ」


 いい加減に何かを着てくれないと、海外意識(センサーシップ)が放つ修正光線が眩しすぎて俺の視力が落ちそうなんだよ。


 実は帰りに立ち寄ったのは、前にもソファイリたちと訪れたことがある服屋さんだ。

 天の神様の言う通りのおまじないを使って、黒いロングスカート、白いブラウス、そして紺色のセーターという最適のコーディネートを選び抜いたので、彼女は間違いなく気に入ってくれるはずだ。

 ちなみに、出て行く際にソファイリとバッタリ会ってしまって、女装趣味の変態だと勘違いされたのは内緒だ。


「……」


 最適のコーディネートであるはずなのだが――彼女は眉一つ動かさない。

 何か不満でもあるのだろうか?

 もしかして、彼女が気に入る可能性がある服は、あの店には売っていなかったので、俺のラックを用いても最善の物が選べなかったのかもしれない。

 もしそうだとすると、俺の9520コペルトがパーになったということに――


「……かわいい」


 そう一言ぼさりと呟くと、ミンはスカーフを外し、受け取った服と共に姿を消した。


 そして、数分後。


 プレゼントした洋服を着用したミンが、俺の前に姿を再び現したのである。


『フーンさん! コーディネートボーナスでミンさんのチャームに10ポイントの補正が付きました』


 流石、俺。

 勝負に強くて、計算ができて、ファッションセンスまであるとか、完璧超人じゃね?


 実を言うと、結構地味な服を選んだなーと内心思っていたのだが、そんなことは全くなかった。

 虚ろな目つきや、少しぼさついた長い色褪せた白髪といった、ミンのネガティブな外見とコーディネートのお淑やかな雰囲気が絶妙にマッチングしている。


「……あ、ありがとう」


 微笑んではいなかったものの、ミンは顔を俯かせて少し照れていた。

 彼女が無表情以外の感情を俺に見せたのはこれが初めてだ。


「でも……恥ずかしい」


 わわわ、ちょっと待て!

 俺の前でいきなり服を脱ぎ始めるな!

 あらん、いやんな各箇所から謎の修正光線が!

 目が! 俺の目がーーーーっ!!!!

 ギャーーーーーッ!!!


 フーンは めのまえが まっしろに なった!

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