41 ルームメート 後編
――トン、トン。
ううぐ……。
誰だよ、こんな夜中に俺の部屋の扉を叩いているのは。
目が覚めちゃったじゃないか。
――トン、トン。
ああ、はいはい。
出ればいいんだろ、面倒くさいなぁ。
……いや、待てよ。
こんな時間に俺の部屋の扉を叩いてる奴がまともなわけがないな。
十中八九、夜這いを求めているセタニア辺りだろう。
なら、無視してもいいや。
というわけで、睡眠続行。
――ドン、ドン!
……うるさくて眠れん。
一応、誰がノックしているのか確かめてみるか。
まだ半分以上眠っている重い体を無理やり起き上がらせ、俺は扉のもとまで向かった。
「誰だよ、こんな時間に……」
「俺っちだよ、フーン」
は?
アムルが夜這いをしにきたのか?
いや、まさか、そ、そんなわけないよな?
「何か用か?」
「今夜はここで泊めて欲しいんだ」
は???
ま、まさかのアムルルート突入?
「悪いけど、俺にはそういう趣味はないんで……」
「趣味? なんの話だ?」
あれ? 俺の早とちり?
彼のすっとぼけた反応からして、命や貞操の危険はとりあえず感じられないので扉を開く。
「なんでここに泊まるんだよ。自分の部屋で寝ればいいだろ」
「だってよ、あんなベヒザルの群れの中で育ったような、田舎臭い奴と一緒に寝られるかよ」
まだ、あのしょうもない喧嘩を続けていたのかよ。
子供じゃあるまいし、さっさと仲直りすればいいのに。
「な、な? 一生のお願いだからさ~。俺っちをしばらくこっちの部屋に入れてくれよ~」
うぜぇー。
面倒くさいので、今すぐ断りたいのだが、断ったら断ったで、納得するまでしつこく粘ってきそうだ。
早いとこ寝たいので、ここは我慢してアムルの頼みを聞いてやるか。
「わかったよ。今夜だけなら」
「お! さすが、フーン! 太っ腹! 寛大! いい男!」
……うぜぇー。
「どうでもいいから、さっさと寝てくれよ。俺は眠いんだ」
「おっけ、おっけー。俺っちに構わず、ぐっすり眠ってくれよな! 俺っちはあっち側で、適当に荷物広げてるから」
荷物って……。
今夜だけって約束だったような気がするんだが。
「死ね……」
「おいおい、フーン! それはないだろ? 俺っちとお前は心の友じゃないか」
「いや、今のは俺じゃないよ」
「え?」
廊下から差し込んでくる薄い光。
それを反射した何かが、部屋の奥で一瞬不気味に輝いた。
「ルームメイトは一人だけ……」
「な、なななななな何が起こってるんだよ! フーン!」
あ、思い出した!
こいつだよ、こいつ。
俺がどうにも部屋に入りづらく感じていた理由。
「一人だけ必要……」
未知の声に怯えているアムルはゆっくりと一歩ずつ後ずさっていく。
そして彼が部屋の外に踏み出した刹那、空中にナイフがどこからともなく出現し、怒涛の斬撃を始めた。
「ギャーーーーッッ!!!」
みるみる切り裂かれていくアムルの衣服。
だが、ブシャーと血しぶきが上がることはなく、切られた体の部分には絆創膏が続々と自動的に貼られていく。
これは海外意識が見せている幻覚だな。
修正されていないアムルは、かなり惨いことになってそうだ。
「ひーーっ! 化け物だ!」
全裸のまま走り去っていくアムル。
ちょっと可哀想だけど、俺のせいじゃないからね。
恨まないでくれよ。
さてと、これで問題は解決したので俺は寝るとするか。
***
「……おはよう」
目が覚めると、寝転がっている俺の顔を見下ろしていたのは例のあいつだった。
ふんわりとした長くて白い透き通った髪が、顔の殆どを覆っていて、まるで幽霊みたいな姿の女性だ。
「お、おはよう」
どうにも気まずいので、しどろもどろに挨拶を返す。
ふ、服着てくれないかな?
全裸だと、結構スタイルが良いということもあって、ちょっと目のやりどころに困るんだよね……。
まあ、メルリンのスカーフを首に巻いているので、厳密には全裸ではないし、海外意識のおかげで、一応、乳首とかには謎の光が射しているけど。
「あの、服とか持ってないのか?」
「……必要ない」
いやいや、あんたがそう思っていても、こっちは困るんだよ。
「そのだな、えっと、俺の服でいいから何かを着てくれないか? 話しづらいんだ」
「……遠慮」
そう言うと、謎の女性はマフラーを脱ぎ捨て、姿を消した。
だが、俺が認識できなくなっただけで、彼女はまだこの部屋にいるはずだ。
「俺たちルームメートなんだし、君の名前を聞かせてくれないか? ちなみに、俺はフーンだ」
無音。
予想はしていたが、チャームが0だと声も聞こえなくなるらしい。
どうにか彼女と会話してみたいのだが、何かいい方法はないのだろうか?
――ギギギイギッギイギギギィッ!
非常に耳障りな音が部屋じゅうに響く。
『浮雲さん、あっちの壁です』
ベルディーが指摘した先へと視線を走らせる。
そこでは空中に浮かんだナイフが、石壁にざっくりと切り傷を入れている最中だった。
「わわっ、おいバカ! やめろ!」
チョボルに見つかったら、ヤバイだろ!
一般人の一生分の稼ぎを請求される。
底辺バイターの俺にそんなものが払えるわけがない。
彼女を止めようとナイフに飛びかかると、俺の手が届く直前にそれはフッと煙のように消えてしまった。
まったくもって、厄介なルームメートだ。
一体なんのために壁を破損させるような真似をしたのだろ――いや、待てよ。
壁に付けられた傷がなんとなく文字っぽいような気がする。
『ミ……ン? これがあいつの名前なのか?』
『はい、そうですよ。こちらのデータにはそう書いてあります』
なるほど。
何かに書き記せば、声が聞こえなくても会話ができるのか。
でも、これ以上、壁に傷を付けるのはまずいな。チョボルに殺される。
紙とかがあればちょうどいいんだが、あいにく俺の手元にはないし……。
他の勇士達に聞いてみるか。
「ソファイリ!」
俺は壁の穴に向けて声を放った。
「……何よ? 相変わらず、朝早いわね」
不機嫌そうな声がすぐさま戻ってくる。
まだ睡眠中だった彼女を起こしてしまったらしい。
「紙とか持ってるか?」
「紙? そんなもの、なんに使うのよ?」
「……えっと、会話?」
「あんた、紙がどういうものなのか知ってるの?」
「いや、流石にそこまで無知じゃないから」
「そう。まあ、別にいいわ。貯蔵箱貯蔵箱にいっぱい入ってるし。ペンとインクも要る?」
「それも、お願いします」
「図々しいわね……。じゃあ、転移魔法でそっちの部屋に送るわ。インクとペンは予備をいっぱい持っているから、別にすぐに返さなくてもいいわよ」
床に魔法陣が浮かび上がり、そこからぬーっと紙の束、羽ペン、そしてインク瓶が現れる。
隣の部屋なんで、普通に歩いて持ってきたらいいような気もするが、まあ、いいだろう。
これで準備は整った。
「ミン、これを使って何かを書いてみてくれないか?」
筆記セットを床から拾い上げ、それを誰かに差し出すように腕を前に伸ばす。
すると、手に持っていた用具はすっと消え失せた。
おそらく、ミンが受け取ったのだろう。
数分後、一枚の紙切れがどこからともなく空中に現れ、ひらひらと俺の頭上に舞い降りてきた。
どれどれ、何が書いてあるのだろうか。
――いつでもころせる
これは……脅迫文かな?




