30 八勇士の仕事
「お前らは皿洗い。お前らは廊下と台所の掃除。お前らは外で薪割り。そして、お前らは薬草を集めてきてください。この紙に必要な薬草の名前と特徴が書いてありますからね」
次々と偉そうに命令をくだすチョボル。
あのー、その業務内容だと奴隷だった頃とあんまり変わってないような気がするんだけど……。
「チョボル殿」
「どうかしました? ゴーサルさん?」
「その、我々は戦闘をするために呼ばれたのではないのか?」
「はい。その通りですよ」
「では、このような雑務をこなすより、特訓に励んだ方が有意義では?」
「え? 俺様の命令にケチをつけるんですか?」
「いや、そうではなく……」
「俺様が用意した朝飯をタダで食ったのは誰でしょうかね? 俺様がタダで泊めてあげているのは誰でしょうかね?」
「まあ、その通りだが……」
「なら、とっとと働けやグズ共! 国からの命令があるまでは、俺様がお前らの使用権限を持ってんだよ!」
掃除を始めないと、ここから追い出されてしまいそうな雰囲気だ。
俺が口笛を吹きながら廊下へと向かうと、ほかの八勇士も俺に見習ってそれぞれの仕事に取り組み始めた。
国内最強の面々のはずなのに、子供なんかにいいように扱われて全員情けなさすぎないか?
俺は廊下の隅に置いてあったバケツの中の水に、チョボルからもらった雑巾をさっと浸けた。
そして、それをぎゅっと絞って余分な水を抜く。
そして仕上げは、
床をつーーーーー。
床をつーーーーー。
単調な作業は楽しいな。頭を使わなくていいのは快適だ。
家にこもったり、呼吸したりするだけで強くなる話を前の世界で読んだことがあるし、家事を繰り返すだけでアビリティを習得したり、ステータスが上がってもいいと思う。
雑巾を絞るたびに使える水魔法が増えるとか。
最後にもう一度廊下をつーーーーー。
ここはこの程度で大丈夫だろう。
床の石はつるっつるのピカピカに輝いている。
次は台所だ。
まずは雑巾を絞り、
床をつーーーーー。
床をつーーーーー。
(以下略)
『八勇士……。冒険、友情、裏切り、熱血勝負が見たかったのに、期待はずれすぎませんか?』
かなりがっかりしているのが俺の脳内に約1名いるみたいだ。
俺は結構快適だと思ってるんだけどなぁ。
凶悪なモンスター討伐とか、敵軍殲滅みたいな物騒なことは絶対にごめんだしね。
さてと、もう一度廊下をつーーーー
「モーラノイ」
「どうかしたのか、セタニ――」
ぐふぉー!
いきなり呼ばれたので、何事かと見上げてみると、ちょうど目の前で皿を洗っていたソファイリとセタニアのスカートの中身が視界に……。
しかも、セタニアはノーパぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ――あれ?
おかしい。
先ほどまで何かやばいものが見えてしまった気がしたような気がした気がするんだけど……何故かセタニアのスカートの中身がブラックホールになっている。
『浮雲さん! 熟練度が貯まったのでスキルがレベルアップしました! CEROの横暴が海外意識になっています。これからは、ある程度の卑猥レベルを超えたものにも、自動的に修正を加えてくれますよ』
『余計なお世話だよ!』
相変わらずゴミしかないな。俺のスキルは。
まあ、ソファイリの緑色のパンツはまだ見えるらしいし問題ないか。
「ようはないヨ。よんでみただけだヨ」
えへへ、と天使のような微笑みを浮かべながら俺を見下ろすセタニア。
淫乱変態のトチ狂った奴だと思っていたが、今の透き通った笑顔を見ると、ただ単に欲望に忠実すぎた純情無垢な女の子だと思えてしまいそうだ。
絶対に騙されないけど。
転移直後にこいつのせいで俺が負った心の傷は永遠に癒えないのだ。
「あんたたち、なにやってんのよ?」
セタニアに続いてソファイリも俺を見下ろす。
「――って、どこ覗いてんのよ!」
派手に赤面したソファイリは慌ててスカートを押さえつけた。
「あ、いや。これは見えるか見えないかの検証であって、別に卑猥な動機などは――」
弁解しているつもりなのだが、ソファイリの顔色から察するに、怒りは収まるどころかどんどん肥大化している。
えーっと、こういう時はなんて言えばいいんだっけ。
素直に謝る? 俺も脱ぐからおあいこ? 俺は黒下着にしか興味はない?
ソファイリの行動が暴力へと発展するまでの限られた時間の間に熟考と熟考を重ね、俺はパンツを覗くことを確実に正当化できる、最善の答えを導き出した。
「別に、見ても減るもんじゃないだろ」
あっ。
やばい、今の選択肢は間違いなくハズレだ。
彼女の顔を見ればわかる。
「意味わかんないわよ! 死ね、変態!」
彼女は手に持っていた皿を勢いよく振り下ろす。
だが、それは空中で不自然な挙動をして俺を避け、真横の床にぶち当たって粉々に砕けた。
その砕けた破片すら俺の体を掠っていない。
どうやらソファイリの暴行は、カリアの時とは違って、ご褒美として判別されていないみたいだ。
ふぅー……朗報である。
どう見ても典型的な暴力女キャラだしね、こいつ。
大したことないエロイベント程度でやたらカッカするし、うっかり(棒読み)胸を揉んだりでもしたらどうなることやら。
「ちょっと騒がしいですよ、ゴミ共さんたち――って、あらら皿を割っちゃったみたいですね」
げっ、チョボルのお出ましだ。
あいつのことだし、軽く叱られる程度では済まないぞ。
「す、すみません」
紅潮していた頬を一気に青ざめさせてぺこりと謝るソファイリ。
だが、彼女は横目で俺をまだ睨んでいる。
俺のせいじゃないだろ、今のは。
「いえいえ、別に構いませんよ」
あれ? 怒ってない?
「その代わり弁償していただきますからね」
「は、はい。えっと、申し訳ないんですがこちらの物価とかはよくわからなくて……いくらお支払いすればいいのでしょうか?」
「う~ん、そうですね。コペルト紙幣10枚でオッケーですよ」
紙幣10枚???
どう考えても盛りすぎだ。
コペルト紙幣は通常のコペルトの十万倍の価値を持つ紙幣。
バリーではお釣りが足りないと言われて使うことすらできない。
それが10枚ってことは、えーっと、つまり、合計で…………………………………………
『100万コペルトですよ。軽く庶民の一年分の食費を超えていますね』
『計算早いな、ベルディー』
『浮雲さんが遅いんですよ……』
遅くはないだろ。
あんなでかい数字で掛け算なんか、電卓なしでできるわけがない。
「はい、わかりました。今日中に手に入れてきます」
って、おい! 承認しちゃったよ、この人。
「では宜しくお願いしますよ、カモさ……じゃなくて、ソファイリさん」
意地汚い薄ら笑いを浮かべながら、チョボルはこの場を去っていった。
間違いなく確信犯だ。
「いいのか、ソファイリ? 明らかにぼったくられてるぞ?」
「そうなの? 気がつかなかったわ。でも別に問題ないわよ、あの程度なら」
あの程度……か。
片手間に散らばっている皿のかけらを風魔法で集めながら、平然と恐ろしいことを言いのけやがった。




