29 八人目
外でぴよぴよとさえずりをしている野鳥の声で目が覚めた。
背中が痛いなぁ……。
木製だったババアの家の床はどうにかなったが、ここの部屋の床は石造り。
もう二、三日この上で寝れば背骨が折れてしまいそうだ。
『おはようございます、浮雲さん。……って、わわわわわわわわ!』
『どうかしたのか、ベルディー?』
『そ、そこに人が……じゃなくて、ちょっと待っててください』
非常に動転しているのか、カタカタがっちゃんバタンと脳内で騒々しい雑音が横行している。
『や、やばい……』
『だからどうしたんだよ、ベルディー?』
『な、なんでもありません』
絶対に何かあるな。
もしかして、部屋の中に誰かいるのだろうか?
俺には見えない誰かが。
慌てようからしてかなり危険な人物なのかもしれない。
でも、もしそうなのであればベルディーがそれを俺に警告しないのはおかしい。
俺が不慮の事故にあっても彼女にメリットは無いからだ。
まあ、とりあえず少し捜索してみるか。
隠し扉でもあるのかなぁ、と考えながら四方の木の壁を順番にどんどんと拳で叩く。
「うるさいわよ! まだ朝早いのに、起きちゃったじゃないの!」
「ご、ごめん」
隣の部屋のソファイリに怒鳴られた。
よく考えたら、これほど部屋同士が近いのなら、こっち側の壁を確かめる必要はなかったな。
『浮雲さん、あんまりうろうろしない方が安全ですよ?』
『安全も何も、よほど馬鹿げたことをしない限り、俺が危ない状況に陥るわけがないだろ? 闘技大会で立証済みだ』
『で、ですが……』
間違いなく何かある。
うーん、気になるな。
でも、部屋には何もないし――
――むぎゅ。
な、何か柔らかいものを踏んだぞ?
すかさず視線を床に落とすと――そこには何もなかった。
いつのまにか謎の柔らかい感触も足の裏から消え去っている。
実に不思議だ。
『浮雲さん、後ろ!』
さっと振り向くと――やはり何もなかった。
『ベルディー、俺のことをおちょくってるのか?』
『えーっと、そうではなく――』
――ばごん!
お馴染みの間抜けな音が鳴り響く。
メタルパニックが発動したのだ。
ということは、敵意を持った人物が俺のすぐ傍に居るはず。
だが視認できる範囲に人はおらず、他者の気配すらまったく感じられない。
「うるさいって言ったじゃないの! もう一回やったら殺すわよ!」
壁越しに怒鳴っているお前の方がうるさい、と言い返しそうになったがギリギリ思い直す。
『ベルディー、一体どうなっているんだよ? 敵がいないのに、タライ落としが発動するのはありえないはずだ』
『白状するしかないみたいですね……。浮雲さん、マフラーを脱いでそこの地面に設置してください』
『マフラー?』
よくわからんが、とりあえず言われた通りにする。
すると、床に落としたマフラーは地面の一歩手前で止まった。
『浮遊……しているのか?』
『すぐに彼女が浮かび上がりますから、ちょっと待っていてください』
マフラー周辺の床の色が徐々に薄白く変貌していき――
「ひーーっ!!!」
驚きのあまり思わず奇声を上げてしまった。
うつぶせに倒れた見知らぬ女性が現れたんですけど?
しかも、生まれたままの姿で。
マフラーが都合よくあらんいやんな部分を隠していなかったら、テレビで流せなくなるところだった。
恐る恐る、傍に寄って彼女の脇腹をつついてみる。
すると、ぷにっとした感触が俺の指の先を甘く包み込んだ。
……。
ぴくりとも動かない。気絶しているようだ。
「もう、限界だわ!」
隣の部屋から怒りのオーラを纏った怒声が届く。
どうやらさっき放った俺の悲鳴が、ソファイリの堪忍袋を引き裂いてしまったらしい。
まずいな。この状況でこちらの部屋へ突入されると、あらぬ誤解を招いてしまう。
とりあえず、扉を全力で押して抵抗すれば、侵入を防げ――
「エクスプロージョン!!!」
――ボゥンフッ!!!
俺の部屋の壁に直径1メートルの大穴が開かれた。
そこから来るのかよ!
「あたしが直々にあんたをぶん殴って黙らせ……って何よこれ!」
床に転がっている女性を見て、顔を茹でたタコのような色に染めるソファイリ。
これは間違いなく卑猥な誤解が彼女の脳内に生じているな。
「ちょ、ちょ、ちょおおおおおっと! しょしょしょしょ初日からなななななに女なんか連れ込んでるのよ! あ、頭おかしいんじゃないの、あんた?」
「いや、これは誤解――」
「何が誤解よ! 朝から裸の女といるってことはセ…セ…セッ……ああもう! どうでもいいから今すぐ死になさいよ!」
テンパリ具合が凄まじい。
こいつ絶対に処女だな。
「ファイ、どうかしたノ?」
眠そうに瞼を擦っているセタニアが、壁の大穴の向こう側からひょっこりと現れた。
「だから、ソファイリだって言ってるじゃない! いい加減に覚えなさいよ! それより、さっさとあれを見て! 隣の変態が――あれ?」
ソファイリが再び振り向くと俺の部屋には謎の女の姿はなかった。
「なにもないヨ?」
「え? そ、そんなはずは……?」
俺がマフラーを取り上げたら、また消えたんだよね。
ふぅー、ギリギリセーフ。
ソファイリは四方八方に瞳を泳がせながら俺の部屋を目視する。
かなり困惑しているようだ。
「ははは。もしかして寝ぼけていたんじゃないの、ソファイリ? まだ、朝早いからな」
「あ、怪しいわ……。そうだ! きっと透過魔法で消したのよ! ちょっとそこら辺を踏み荒らせばボロが出るはずよ」
そ、それはやめた方が……。
ドガドガドガと大きな足音を立てながら、ソファイリは俺の部屋の中を走り回る。
そして盛大にずっこけて、顔面を石の床に埋め込んだ。
あいつの体につまずいたっぽいな……。
「痛てて……。ふふん、でも見つけたわ! 絶対にここね」
ソファイリは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「さてと、透過解除のまほ――」
――ばごん!
急に浮かび上がったタライに頭を打ちのめされたソファイリは、呪文を唱える出すことすら叶わずに、気絶して倒れてしまった。
あれは先ほど俺のスキルが生成した物だ。
どうして勝手に動いているのだろう?
空気中に浮かび続けているタライはゆっくりと俺の方へと向かってくる。
俺が衝撃に備えて頭を両手で覆うと――それは目の前で床にぽとりと落ちて、かららんと音を立てた。
う、薄気味悪い。
『こ、この部屋にはお化けが取り付いているのか?』
『あ、いえ。彼女は八勇士の一人ですよ』
『え?』
昨日、集合した時はあいつを見かけなかったぞ。
『じ、実はですね。あの人も私の設定ミスの被害者らしくてですね……』
『ステータスが一つだけ0のままなのか?』
『はい。彼女はチャームが0。チャームが低いと人望が悪くなりますが、0になってしまうと存在感が極限まで薄くなって、ほぼ認識すらされなくなるんですよ』
俺以外にもケアレスミスをくらった被害者がいるとか、どんだけ適当に仕事してたんだよ、こいつ……。
やっぱりバカディーだな。
『これ以上、被害者を増やさないためにも、ベルディーの失態を今すぐ神様に通報するべきかもしれないな』
『ややややや、やめてください浮雲さん! 昨日ソシャゲで500連用の石を買ったばかりなので困ります! それに、わたしたちは共犯者なんですよ? 裏切りなんてもってのほかの固い絆で結ばれているんですよ?』
『裏切り展開は好みなんじゃなかったのか?』
『た、確かにそんなことを言った気もしますが、それとこれは別なので……』
『冗談だよ、ベルディー。そんなことより、スカーフを被せたら姿が現れたのは何故だ?』
『冗談なら早く言ってくださいよ! 寿命が三千年ほど縮んだ気がします……。あっ、ちなみにそれはですね。そのスカーフにチャームボーナスがついているからですよ。装備するだけで+5です』
そうなのか。
なら、なおさら肌身離さず持ち歩くべきってことになるな。
俺のチャームは壊滅的に低いから、これを装備するだけで実質6倍だ。
ありがとう、メルリン。
「みなさーん、朝ですよ!」
ドア越しにチョボルの声が聞こえる。
「八勇士の朝は早いんですよー……って、もうほぼ起きてますね。みなさん廊下に出揃ってますが、どうかしたのですか?」
「あっちの部屋の連中がやたら騒がしいから、みんな目が覚めちまったんだよ」
ご、ごめんなさい。




