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26 お別れ、そして新たな旅立ち

 例の大勝利のおかげで完全に消沈しきった俺は寝室にこもっている。

 もう何もしたくない……。


『勝っちゃったか……』


『はい、おめでとうございます』


『メルリンとお別れか……』


『はい、そうですね』


 枕に顔を埋め込む。


『行きたくない……』


 俺が王都へ出発するのは二日後。

 それまでに旅支度を済ませなければならないのだが、一歩もここから踏み出す気になれない。

 学校に行きたくないとねだる子供のようにはなりたくはないが、現状だとそれが一番有効な手段かもしれない。


『本当にしょうがない人ですね……。八勇士の勤務期間はたった1年なんですから、少しぐらい会えなくても我慢してください』


『1年後に戻ってきたら、メルリンが誰かと結婚しているかもしれないじゃないか! 俺が帰ってきたときに、超イケメンの夫に「今日の夕飯は何にしますか?」って首をマッサージしながら聞いて、超かわいい子供の笑顔を想像しつつ大きく膨らんだ腹をなでながら洋服を編んで、超大きな豪邸で幸せな家庭を(はぐく)んでいたら、どうするんだよ!』


『考えすぎですよ……』


『いいや。俺の悪い予感は当たるんだ』


『それは、前の世界の話ですよね?』


『でも、最近は運がいいのか悪いのか全くわからなくなってきたぞ』


『それは、浮雲さんの目的意識がおかしいからですよ』


 確かに。普通の人ならわざわざ負けることを望んだりはしないだろう。


『俺のラックは俺を幸せにしているつもりでも、俺とラックの幸せについての認識が全く違っているかもしれないじゃないか。もしメルリンのような身分の低い人と俺が結婚するのは不幸だと俺のラックが認識していたら、俺たちの仲を引き裂こうとするかもしれないじゃないか』


『はぁ……面倒くさいですね。そこまで心配なのでしたら、出発前に告白すればいいんじゃないですか?』


『それは無理だ』


『どうしてですか?』


『中学生の時に、前の世界で一度だけ彼女ができたことがあるんだ』


『衝撃の事実! それは意外ですね』


『ほっとけ。けどな、付き合い始めた次の日に彼女は俺に言ったんだ。来週引っ越すって』


『ぷぷぷ……』


 必死に笑いを堪えているのがばればれだ。

 手が届くところにいたら、間違いなく右ストレートをベルディーの顔面にぶっこんでいただろう。


『その後、俺たちはメールを送り合って、遠距離恋愛をすることになった。だが彼女が引っ越した翌日、悲劇が俺を襲った』


『携帯を失くしたんですか?』


 甘いな。俺の不幸はその程度ではない。


『母ちゃんに送ろうとしたメールをあいつに誤送信したんだよ!』


『なんて書いてあったんですか?』


『「どうでもいい」だ。「夕飯は何が食べたい?」って聞かれたからどうでもいいって答えてたんだよ!』


『それは、不運じゃなくて単なるケアレスミスですよね……』


『だから俺は誓ったんだ。もう一生、遠距離恋愛はしないと』


 ついでに「か」で名前が始まる女性とも二度と関わらないと誓ったのである。

 恨むぞ! 名前の五十音順で登録した人の番号を並べるスマホめ!


『過去のトラウマに囚われすぎですよ』


『いいや。これはトラウマではない。実体験に基づく論理的な危機回避能力だ』


『浮雲さん……』


 ベルディーがいつもより深刻そうな声で俺の名を呼んだ。


『ど、どうしたんだよ』


『このままでは前世での生活と何も変わりませんよ。確かに理不尽な不運はなくなりましたが、結局は自分の運に流されているままではないですか。もっと目的意識を持って行動しないと、せっかく手に入れた幸運を無駄にしてしまいますよ』


 ……前の俺と同じか。


 ベルディーの言う通りだ。俺はこちらの世界までトリップして極大な幸運を手に入れたのに、なおも自分の運に振り回されている。


『でも、どうすれば運みたいな形のないものを制御できるんだよ!』


『運の奴隷として生きるのではなく、運を自分の手で活用できるよう努力するべきだと思います』


 ベルディーの言葉は正論だった。

 でも、何をしても必ず失敗するという前世のトラウマを引きずっているせいで、ついつい受動的になってしまう俺には、能動的に行動することはとても恐ろしく思えた。


***


「フーンの優勝を祝って、乾杯!」


「乾杯!」


「か、かんぱぃ……」


 今夜の晩餐はいつものメンバー+ボブス+オネエさんとの小さなパーティーである。俺の優勝を祝うためにババアとメルリンが用意してくれたのだ。


「おやおや、どうしたんだいフーン? お前のためのパーティーだというのに、そんな浮かない顔をして」


 心配したババアが俺を気遣ってくれる。


「いえ、何でもないです。大丈夫ですよ」


 と言いつつもため息を吐いてしまったので、まるで説得力がない。


「フーン、もっと喜びたまえ。お前はあの有名な八勇士に選ばれたのだぞ」


 ばしんと俺の背中を叩く、隣席に座っているボブス。


 そうだ。本当は名誉な出来事のはずなんだ。

 俺がこんなにもしょぼくれていたら、大会で敗北してしまったボブス、カリア、そしてついでにパーシファーに申し訳ないではないか。

 彼らはきっと八勇士になることを心から夢見て大会に参加していたのだろう。


 だから――俺は責任として、機会を失ってしまった彼らの想いも背負うべきなのだ。


「ボブスさん。俺、みんなの分まで王都で頑張りたいと思います!」


 ボブスの言葉で少し心が楽になった。


『子持ちは子供の扱いが上手いですね』


『うるさいぞ、ベルディー』


 まあ、確かに俺は自分勝手なガキみたいに嘆いていた。否定はできない。


「その調子よ、フーンきゅん」


 きゅん付けやめて、パーシファー。

 それを聞くたびに悪寒が背筋を登るから。


「あ、そうだわ。一つフーンきゅんに伝えておきたいことがあったの」


「なんですか?」


 愛の告白はご遠慮させていただきます。


「王都にはね、あたしの叔父が住んでいるのよ。これが彼の家の住所」


 パーシファーが俺に差し出した紙には番地と道路名が書かれていた。


「何か問題があったら、いつでも彼の家を訪ねていいわよ。あたしの名前を出せばきっと力になってくれるわ」


「ありがとうございます、パーシファーさん」


 お礼を告げるとパーシファーは情に駆られたのか俺に抱きつこうとしたが、右隣に座っているカリアに思いっきり頭部を殴られて、床に倒れて気を失った。


「フーン」


 怪我をした人が床に転がっているのに、何事もなかったかのように会話を続けるババア。

 他の連中もパーシファーを助けようとしないので、みんな自業自得だと思っているようだ。


「お前はもう自由の身だ。今日この時を持って、あたしはお前を奴隷身分から解放する」


「い、いいんですか?」


「りんご一つ程度の働きならとっくのとうに済ましているからな。何も問題はない」


「ありがとうございます!」


 だがこうなってしまえば、ここへ戻る口実がなくなってしまってメルリンに会う機会がさらに限られてしま――


「フーンさん、王都での役目を終えたら、一度ぐらいは私たちに会いにここへ帰ってきてくださいね」


「た、たまには顔を見せにこい。別に来なくてもいいが……」


 ――うこともなさそうだ。


「絶対に戻ってくるよ。約束する」


***


 俺を王都まで送る馬車が家の前に停められている。


「頑張ってきなよ、フーン!」


「死んだら許さんぞ」


 朝早くの旅立ちなのにカリアとババアは俺を見送ってくれている。

 非常に嬉しいのだが……メルリンの姿が見当たらない。


 荷物を馬車に押し込み――


「フーン!」


 メル……ボブスだ。


「悪いんだが、一つ俺の頼みを聞いてくれないか?」


 全力で走ってきたのか身体じゅうが汗だくのボブスは、ズボンのポケットに手を突っ込み白い封筒を取り出した。


「これを王都で護衛隊の隊長を勤めている俺の従兄弟(いとこ)に渡してくれないか? 二年前から連絡が来なくなって心配なんだ」


 俺は時間を稼ぐために馬車から一旦降り、ゆっくりと封筒を受け取ってから、細心の注意を払いながらそれを自分の懐にしまった。

 もう少し待てばメルリンが来てくれると信じて。


「わかりました、ボブスさん」


「ありがとう、フーン。後、彼に会ったら俺たちは元気だと伝えてくれないか?」


「もちろんですよ」


 とうとう、最後の最後までメルリンは現れなかった。

 運転手がぴしっと手綱を引き、二頭の馬が前進を始める。

 まあ、お別れをするのがつらいからあえて姿を見せなかったのかもしれないが……やっぱりショックだ。


「すみません! ちょっと、待ってください!」


 今の声は?

 咄嗟に俺は窓の外へ顔を出す。

 動き出した馬車の後を追ってきているのはメルリンではないか。

 彼女はなにやら青色のもふもふした物体を掲げている。


「フーンさん! 申し訳ございません、これを徹夜で編んでいたらうっかり出発に遅れてしまいました!」


 ぱっと彼女の手からそれが放たれた。  


「受け取ってください!」


 俺の元まで届かなさそうな緩い勢いだったが、運良く吹いた突風に高く持ち上げられ、ばさっとそれは俺の顔面に覆いかぶさった。

 マフラーだ。


「これからは寒くなるので、風邪をひかないようにそれで体を温めてくださいね!」


 ううう。ぐすん。メルリン……。


『ぐずぐず泣いていないでさっさとお別れの挨拶をしてください、浮雲さん』


 あ、そうだった。


「ありがとう、メルリン! また会おうな!」


「はい! また会いましょう、絶対に!」


 馬車はみるみると速度を上げていき、メルリンの姿は地平線の彼方へと消えていった。


***


 がたんごとんと揺れる馬車の中。

 俺は仰向けに寝そべり、天井をじーっと眺めている。

 ……また一人か。

 寂しくなるなあ。


『浮雲さん、退屈です。何か面白いことを言ってください』


 そうだった。一応、ベルディーがいたっけ。


 それに、ここは前の世界とは違う。

 消えていく人たちは、死んだり、俺を見限ったりしたわけではない。

 どこか遠いところに存在していても、スマホみたいな便利な通信手段がなくても、俺と彼らの心はまだ繋がっているのだ。

 

 くんかくんか。

 マフラーからメルリンとの繋がりを感じる。

 このマフラーは永遠に洗濯しないと心に決めよう。

 ほのかに漂うメルリンの甘い香りが失われてしまうからな。

いい最終回だった……というのは、もちろん冗談でちゃんと続きます!

この機会に、ここまで読んで下さった読者のみなさまに、心からの感謝を申し上げさせてください。

本当にありがとうございました m(_ _)m


ここからの話は大きく一転、八勇士編という名の第二部に入ります。シリアス成分1割り増し、ギャグ成分10割り増しの精神で書いていきたいです。


あと、もし少しでも本作品を気に入ったのであれば、感想やポイントなどを残して行ってくださると作者がとても喜びます。モチベになります。人生辛いけど、もっと頑張って書けます。ついついこんな感じに (>'-')> <('-'<) ^('-')^ v('-')v(>'-')> (^-^)カービィダンスしちゃいます。


今後も頑張って毎日更新を続ける予定なので、もしよろしければ、また明日本偏で会いましょう!

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