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25 闘技大会 準決勝+決勝

「青コーナー! 長年姿を現さなかったので、山の中で修行を積んでいたと噂されていたが、実は家に引きこもって暗黒魔術の研究をしていた最強の自宅警備員、ジェギルス!」


「赤コーナー、奴隷のフーン!」


 準決勝だというのに、両コーナーには(わび)しい疎らな拍手しか送られなかった。

 これが不人気者の宿命か。

 しかも、俺の紹介が段々と雑になっていく。


「少年よ! 超古代書物(ネクロノミコン)第六十八章に記された、至大志向暗黒魔術パーフェクト・ダークマジック剽悍無比(ひょうかんむひ)な威力を受け止めてみよ!」


 納得。これがこいつに人気がない理由か。

 ジジイなのにこのキャラはないわー。痛すぎるだろ。


「メラゾーマヒャダルコギガデイン、ザキザキラリホーリフラムペスカトレ――」


 老人が木製の杖を空高く掲げると、どす黒い雲がもくもくと彼の頭上で渦巻き始める。

 可能性は薄いが、この魔法が彼の告げた通りの威力を所持していれば、こちらのラックを打ち消すことが可能かもしれない。

 期待せずに待つとしよう。


「いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむ――」


 30分経過。


「――ギラ、ベギラマ……すーーーーーはーーーーーー」


 無駄に長かった呪文はそろそろ終わりらしい。


「ベギラぎょっ……!」


 (ぎょ)


「むむうううおおおおおおおおお!!! 噛んでしまったぁ~!!!」


 何をうだうだと怒鳴っているのだろうか。

 失敗したのならもう一度呪文を唱えればいいではないか。

 こちらから攻撃を仕掛ける予定はないんだし。


「みなさん、伏せてください! これより特別安全処置を施します!」


 スタッフの警告を受け、世界の終わりでも訪れるのかと思わせる、狂気に満ちた悲鳴が観客から上がる。


 なんだなんだ?

 一体、何が起ころうとしているんだ?


 すると、多数の歩兵が戦場に現れて盾を構えながら老人の周りを取り囲んだ。

 彼らの後ろには数人の魔術師っぽい連中が両手を空に掲げて呪文を唱えている。


 そして――


 一瞬にして、老人と老人を取り囲んでいた兵士たちが消え去った。

 なにがなんだか意味がわからな――


 ――ズィーーーーーーーーン!


 コンマ一秒遅れて鼓膜を引き裂いてしまいそうなソニックブームが耳元に届く。

 そして、爆風がナイフのように俺の全身を切り刻む。

 自己防衛本能が働き、俺は咄嗟に地面に屈みこんだ。


 ……。


 …………。


 ………………。


 ようやく落ち着いたようだ。

 おそるおそる瞼を上げる。

 いつものことなので大した驚きはないが、どうやら怪我はないようだ。


『うわー、すごいですね。浮雲さん』


『お、おう』


 老人が立っていた位置には、直径10メートルはありそうな巨大クレーターが出来上がっていた。


「大変ご迷惑をおかけしました。これより修復作業を行いますので、しばしお待ち下さい」


 アナウンサーがそう告げると、続々と場外へ逃げていた傍観者たちが観客席へと戻ってくる。


「あっ、忘れていました。勝者、赤コーナーのフーン!」


 今回は動いてすらいないのに勝ってしまった。

 これって、やっぱり負けるの不可能なんじゃ……。


***


 時魔術の時間逆行によって、爆発に巻き込まれた人たちは一命を取り留め、会場はいとも容易(たやす)く元通りの姿に修復された。

 何でも瞬時に復活させられるのは一見チートのように見えるが、昔カリアから聞いた話によると、時魔術は呪文の詠唱に多大な時間がかかり、魔術師への精神的な負担が多いので、戦場ではあまり使われないらしい。

 なので、この大会のようなイベントでしか役に立たない。


 ちなみにカリアも無事に準決勝を突破したので、彼女が次の対戦相手である。

 

「フーン」


「どうかしたのか?」


「お前が私を何度も負かしたように、今度は私がお前をボロクソに叩きのめしてやる。覚悟しろ」


 まだ、大富豪のことを引きずっているのかよ。

 執念深い女だ。


***


「青コーナー! 美麗(びれい)(かかと)に踏まれたい! 滑らかな手にひっぱたかれたい! 孤高の貧乳美少女、カリア!」


「誰が貧乳だ!」


 カリアの怒りの声は観客の壮大な喝采(かっさい)にかき消された。


「赤コーナー! 人! 」


 俺の紹介なのだろうけど、もうそれは俺を特定できるレベルの情報量すらないぞ。


「では、第54回闘技大会、決勝戦! ウェドゥェィ~……ゴゥオォッ!!!」


 だから、テンション高すぎだろ。


 ――しゅん。


 カリアの初手攻撃は投げナイフ。

 かっと顔の皮膚が熱くなる、刃は見事に俺の頬を掠ったようだ。


 よし、ナイフもSMプレイの一環として判別されているみたいだ。

 これなら、負けられるかもしれない。


 素早い足取りで俺のもとへと駆け寄るカリア。

 接近戦に持ち込――


 ――つるっ。


 あ。




 滑った。


 カリアはお尻を上に突き出した間抜けな体制で、うつ伏せに倒れてしまった。


「おーっと、白のレェィーッスッッです!!!」


 観客の中の男性陣がわぁーっと嬉しそうに叫ぶ。

 

 スカートが捲れ上がり、カリアのなまめかしい太ももと、その更に奥に潜む究極の布地、『おぱんつ』が衆目の視線に晒されてしまったのである。


 地面にぶつけた額を痛そうにさすりながら立ち上がるカリア。

 彼女の顔面では血液と羞恥がごちゃごちゃに混ざりあっており、顔が今にもオーバーヒートしそうな電化製品のようになっている。


「白レース! 白レース!」


 と、追い打ちをかけるように観客のぱんつコールが始まった。


 それを聞くなり涙目のカリアは手持ちの武器を無沙汰にその場で投げ捨て、ひぐっと嗚咽を上げながら、戦場の外へと逃げていってしまった。


「おーっと、カリア選手! 離脱でしょうか?」


 まあ、無理もない。

 この辱めに耐えられるのはパーシファーぐらいだろう。


「よって、今大会の優勝者は……この人です!」

 

 ………………やはり勝ってしまったか。敗北を知りたい。

 あと司会者さん、俺の名前覚えようね?


 俺ははぁーっと大きくため息を吐いた。

 もう諦めの境地に至っていたので、大したショックは受けていないが、最後の頼みの綱さえも容易く引きちぎってしまうラック極振りは本当に恐ろしい。


『そういえば、浮雲さん』


『なんだ、ベルディー?』


『さっさと降伏宣言すれば負けられたんじゃないですか?』


『もっと、早く言えよ!』

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