22 闘技大会予選 後編
なかなか二つ目のリンゴが手に入らない。
既に課題をやり遂げた参加者も数多く出ており、だんだんと人が疎らになっていく。
早いとこ誰かをぱぱっと倒してリンゴを手に入れたいのだが、俺の戦闘スタイルは攻撃を受け流し続けて敵が隙を晒すまで待つ――というより、自爆するのを待つので必然的に持久戦になってしまう。
獲物をさっさと仕留めなければ誰かに奪われてしまう乱闘にはまるで向いていない。
『浮雲さん、そろそろリンゴがなくなってしまいますよ』
『でも、まともに勝負を挑んでも勝てないだろ?』
『適当に手を挙げればリンゴの一つや二つ、飛んでくるんじゃないですか?』
『そんなに簡単に手に入るわけな――』
と言いつつも手を頭上に掲げてみると、
すぽっ。
『――いこともないらしい』
二つ目のリンゴゲットだぜ!
後は、闘技場の入り口までこれを持っていけば――
「ちょっと、そこの地味な坊ちゃん。このスーパーウルトラビューティフルでチャーミングな私にそのリンゴを渡してくれない?」
明らかに頼みごとをする物言いではない。
俺に話しかけてきたババ……ほどではないな。
俺に話しかけてきた年配のお姉さんは扇子で顔を扇ぎながら、堂々と仁王立ちで構えている。
おっぱいがでかい(小並感)。
「それを私にくれたら、後で良いことしてあげるわよ~」
なん……だと?
「はい、わかりました!」
『浮雲さん! 何を言っているんですか!』
『ぱふぱふしてくれるかもしれないだろ! 男のロマンに逆らえるか!』
でへへと我ながらゲスい笑みを浮かべながら、リンゴをお姉さんに差し出す。
「あらあら、物分かりが良い坊やね。後でたっぷりご褒美を――ぐふぉっ!」
大砲の弾のように突然吹っ飛んできた巨漢は、お姉さんの背中に直撃して彼女を勢いよく突き飛ばした。
不意の攻撃を食らってバランスを崩したお姉さんは、おっとっととよろめく。
そして、こちらへ向かって酔っ払いのように歩み寄り、転びそうになったところで俺に抱きついた。
もちろん俺のしょぼい腕力では彼女を支えることは叶わず、そのまま一緒に転落してしまった。
――バタン!
お姉さんの豊満なおっぱいがエアバッグのように働いてくれたおかげで無傷だったが、リンゴが乳に押しつぶされてぐちょぐちょのジュースになってしまった。
『浮雲さん! 早くそこから逃げてください!』
『ちょっと重いけど柔らかいなあ。もうちょっとだけ顔を埋めさせて』
『もう少しだけ寝かせてみたいな言い方をしないでください……。それに、それどころでは無いんですよ! 堅忍不抜もどきが働いてるので、体への負担が軽減されていますが、その女性は相当重いんです!』
『でも、それが発動しているってことは、危険は無いんだろ?』
『次に起こることが危険なんですよ!』
「う、う~ん……」
俺の横に倒れ込んでいた巨漢がむっくりと起き上がる。
彼はふらふらと数秒よろめき――俺たちの上に覆いかぶさった。
『ちょっ! 重い!』
『だから言ったじゃないですか……』
蛇のようにくねくねもがいて、なんとか二人の下敷きから脱出。
りんごジュースに浸されているお姉さんと、その上に被さっている巨漢は気絶しているみたいだ。
とりあえず、彼女のリンゴと上に乗っている男のリンゴを頂いておくか。
『パフパフもリンゴも手に入って一石二鳥だ!』
『どの選択肢を選んでも最善の結末になるみたいですね』
『イージーモードにもほどがあるな』
また変なのに絡まれる前に、さっさとこれをスタッフに渡して予選を通過しよう。
***
「おめでとう。お前ごときが予選を突破できるとは夢にも思わなかったぞ」
「もう少し素直に褒めても良いんだぞ、カリア……」
闘技場の待合室で待機しているのはざっと16人。
予選会場の人数は百を軽く超えていたが、戦闘不能となって敗退した連中はかなり多かったらしい。
まあ、あれだけカオスな戦場の中で生き延びるのは難しいよな。
「フーンきゅん! 一緒に戦えるといいわね~!」
「ちょっ、いきなり抱きつかないでください!」
パーシファーも通過したのか。
どうか本戦では当たりませんように。
「フーン、もし俺と当たったら遠慮はいらない。全力で戦おう」
ボブスさんも予選を突破したみたいだ。
当たったら全力で逃げよう。
待合室のドアがキーッと音を鳴らして開き、見慣れた面々が部屋の中へとなだれ込む。
「フーンさん、おめでとうございます! 陰ながら私も応援しているので、頑張ってくださいね」
うおー!
ぶっちゃけると俺はこのようなセリフを聞くために参加したのである!
このまま順調に勝ち進めば、テンプレ展開的にキスとかしてもらえるかもしれん!!!
「ありがとう。俺、メルリンのために優勝できるよう頑張るよ」
キメ顔シャキーン。
『臭いセリフですね』
『お前は一々うるさいんだよ』
相変わらず茶々を入れるなあ、このバカディーは。
「メルリン……」
俺とメルリンのやりとりを端から見ていたカリアは少し口を尖らしていた。
もしかして、やきもち焼いちゃったのかな?
ははは、残念ながらメルリンはもう俺にしか目がな――
「もちろん、カリアも応援していますよ」
あー! ずるい、メルリンに抱きつかれている!
俺もハグしたい!
パーシファーをあげるから、メルリンを俺に渡せ!
「どうやら予選を突破したみたいだねぇ。おめでとう」
あ、ババアの応援はどうでもいいです。
「その剣の使い心地はどうだったかい?」
抜いてすらいない、なんてとても言えないな……。
ババアはこの剣にかなりの思い入れがあるみたいだし。
「いや~、すごく良かったですよ! これのおかげで勝てたようなものでしたし」
「そうか、それは良かった」
うむうむと満足そうに頷くババア。
ざ、罪悪感が凄まじいんだが……。
「これより、第一回戦の振り分けを公開するので、選手ではない方々は退室を願います!」
姿が見当たらない謎お兄さんのアナウンスだ。
「では、私たちは観客席へ行きますね。カリアとフーンさんをしっかり応援しますよ!」
「頑張ってきなよ、お前たち」
バタンと扉が閉まり、待合室が静寂に包まれた。
緊張感が高まっていて、誰も会話などする気にはなれないのだろう。
『おお~、ドキドキしますね。わたしが期待していたのはこういう展開ですよ。熱血の殴り合い、友情、裏切り、そして下克上!』
『友情も裏切りも何も、ここにいる連中のほとんどは他人同然だぞ?』
『なら今すぐ、誰かと結託を結んできてください!』
無理があるだろ。
『そんなどうでもいいことより、これを聞いてくれよ』
『何ですか?』
『俺、この戦いに勝ったらメルリンに告白するんだ』
普通の人間が今のセリフを口にすれば、死亡フラグがびんびん立つだろうが、そのような物と無縁な俺の手にかかれば単なるかっこいい宣言なんだよなぁ。
『さっきから臭いセリフばかりですね……。ですが、闘技大会で優勝したらメルリンさんとは会えなくなりますよ』
『え? 今、なんて?』
『この大会に優勝して八勇士になったら王都へ強制的に送られますから、彼女とはお別れです』
おいおい、ちょっと待った。
『そ、そんなの聞いてないぞ!?』
まずい。非常にまずい。
ただちに負ける手段を全力で考えなければならない。
とりあえず、まずはありったけの敗北フラグ台詞を考えよう。




