21 闘技大会予選 前編
闘技大会の朝は爽快な快晴だった。
昨日の寒さが嘘のように、ぽかぽかしている。
まあ、俺がてるてる坊主を吊るしたからなのだが。
「フーン、私が教えたことはしっかり覚えたか?」
俺の隣を歩いているカリアが問いかけてくる。
「もちろんだよ。怪我をしたら真っ先に治癒魔術師がいる場所へ走れば良いんだろ?」
「もう一つは?」
「やばい敵と勝負することになったら、戦闘が始まる前に降伏しろ」
「よし。それらを心得ていれば、安全だ」
まったく期待されていないな、俺。
闘技場の前には大勢の人々がぎゅうぎゅう詰めに立っていた。
ほとんどが斧や剣などの武器を持っているので、彼らは他の参加者たちだろう。
「あ~ら、フーンきゅんとカリアじゃない」
「フーン、あっちへ行くぞ」
「了解」
誰かに声をかけられたような気がしないこともないが、俺の考えすぎだろう。
姿勢を低くしながら、その他大勢の中をうろついていると、突然、司会の大きな声が場に轟いた。
「第54回闘技大会へようこそ!」
わぁー、と広場の隅々から歓声が鳴り響く。
司会の声は大音量で聞こえているのに、周囲に彼の姿は見当たらない。
スピーカーなどが発明されているとは思えないので、おそらくなんらかの魔法を使って音を増幅させているのだろう。
「参加者も揃ったようですし、これから予選を始めたいと思います! 全員にリンゴを配りますので、少々お待ちください」
参加人数を緩和するための予選か。
まあ、この大人数全員でそのままトーナメントを繰り広げたら、永遠に終わらなさそうだし、妥当ではある。
「はい、どうぞ」
会場の女性スタッフからリンゴをもらった。
この色鮮やかさはちょっと見覚えがあるな。どれどれ、もぐもぐ。
オイスィ~!!!
やっぱり、うちのリンゴだ。
昨日、ババアがワゴンに乗せて届けていたのはこれだったのか。
「みなさん、リンゴを手に入れましたか? 今年の大会への出場権はそのリンゴに鍵があります。表面に不死鳥の紋章が彫られていますよね? その紋章がついたリンゴを二つ集め、闘技場の門の前にいる担当者を訪ねてください。もちろん、リンゴを二つ入手するための手段は自由です。決闘、賭け、盗み、思う存分暴れまわってください!」
ルール説明長いなあ、もぐもぐもぐ。もう芯までかじりつくしてしまった。
カリアは何故か唖然とした表情で俺を見つめている。
あまりにも早く食べたので、驚いているのだろうか。
「お前……ルールを聞いていなかったのか?」
「俺は長い話は苦手なんだ」
「リンゴを二つ集めないと、闘技大会の予選を突破できないのだぞ」
「ふ~ん、そうなのか――って、食っちゃったんだが……」
やばっ、これってかなり不利な状況だよな。
きょろきょろと辺りを見回すと、他の連中はリンゴを食っていないみたいだ。
当たり前か。
「重症を負った場合、もしくは動けない怪我人を見つけた場合、治癒スタッフに連絡を入れてください。早急に手当てを施します。ですが、治癒スタッフを利用する場合はそこで失格と見なされます。ちなみに、スタッフに暴力を振るった場合もその場で失格となります。それでは~……スターーーーーートッ!!!」
司会のお兄さんのエキサイティングな掛け声を発端として、壮絶な乱闘が勃発した。
魔法の大爆発で数多の人たちが紙くずのように軽く吹っ飛ばされ、巨鎚に叩き潰された男はペラペラの紙のようになり、顔にナイフを投げつけられた女性はそれをごくりと飲み込んで倒れた。
例のアビリティに規制されていなかったら、相当むごたらしくなっていただろう。
そのカオスの真っ只中で俺は動かずにぼーっと突っ立っているのだが……案の定、まだ一発も攻撃を食らっていない。
まあ、リンゴを持っていないので狙われていないというのもあるだろうが、やはりラック様様である。
『浮雲さん、あちらを見てください! カリアさんが囲まれています』
カリアの周りにはやばそうな剣幕を見せる、おっかない男が三人。
どうやら集団で彼女を襲うつもりらしい。
いくら強い彼女でも、このような卑怯な手段を前には—―
――しゅっ!
男達はカリアの俊敏ナイフ捌きに圧倒され、なすすべもなく切り捨てらた。
これで彼女の大会進出は決まったはずなのだが、カリアはいつものドジ力を発揮して、ついでに彼らのリンゴまでもを木っ端微塵に切り刻んでしまっていた。
倒されはしないだろうが、あれでは、いつになっても二つ目を入手できなさそうだ。
『浮雲さん、あそこです! 木陰を見てください!』
ベルディーがやけに慌てた声でそう告げたので、俺も慌ててそちらへと視線を向けると、そこには弓を引いている男の姿があった。
ウィリアム・テルごっこかな? なわけないか。
彼の狙いはおそらくカリアだろう。
未だに切り捨てた男達の懐を漁って、おろおろとリンゴを探している彼女は絶好の的だ。
今すぐ危機を知らせてあげなければ。
「カリア! 背後から狙われてるぞ!」
ひゅんと射られた矢は、くるりと瞬時に振り向いたカリアのナイフの一振りで見事に跳ね返され、宙で綺麗な弓状を描いてアーチャーの男の胸を貫い—―たと思われたが、例の規制アビリティの力で先端が吸盤になっていたので、ぺたりとくっついただけだった。
「大丈夫か、カリア?」
「まさか、お前に助けられてしまうとはな。不覚だ」
彼女の手には弓矢を放ってきた男性のリンゴが握られている。
「これでカリアはリンゴ二つか。俺も頑張らないと」
「いや、このリンゴはお前の物だ」
「え、良いのか? お前もこれが必要なんだろ?」
あれ、意外と優しい?
「か、勘違いするな! 借りを返しているだけだ。本戦で当たった時に容赦なく叩き潰せるためにな」
そう言い捨てると、カリアは瀕死のウィリアム・テルさんを回復させるために治癒魔術師を呼びにいった。
しかし……「か、勘違いするな!」とか何年前のヒロインのセリフだよ。
ドジっ子にツンデレまで追加しようとしてるの? 媚びすぎだなぁ。
やっぱ、俺はメルリン推しです。




