20 雪神祭 後編
「フーンさん! 頑張ってください!」
うむ、頑張りたいのは山々なんだが……そろそろ死にそう。
この祭りは男性陣が雪神を乗せた神輿船を引っ張りながら、来年の豊作を祈って川上りをする儀式が大きな目玉であり、それに俺も強制参加させられたのである。
青く染まっているであろう唇をがっちりと噛みしめて、冷水の激烈な痛みから気をそらす。
さらさらとした砂の上に立っているのに、まるでまきびしを踏みしめているみたいだ。
寒冷に負けじと必死にやせ我慢していると、隣で綱を引いている筋肉マンのボブスが俺の背中をどーんと叩いた。
友好的な触れ合いのつもりだろうが、あの腕力で打ち所が悪ければ、ひ弱い俺は骨折しかねないぞ。
気をつけて欲しい。
「フーン、ゴールまで後もう少しだぞ」
余裕の笑顔で彼は「もう少し」と告げているが、俺が凍死するまでの時間はもっと少しである。
びくびくと痙攣する足を気合いで前へ進めるのはもう限界だ。
『ベルえもん、助けて! 何か新しいスキルがあるか調べてくれ!』
『そんなにぽんぽん増えるものではないんですけどね……あっ、ありました』
『詳細、プリーズ!』
『えーっとですね。パッシブスキル、【堅忍不抜もどき】です。命に別状がない場合、痛みを自動的に和らげてくれるようです』
『身体中の皮膚がぴりぴり痛いんだが!』
『命に別状があるんじゃないですかね』
結局、俺は神輿を最後まで引っ張れずに気絶してしまい、溺れそうになったところをボブスに救助された。
いくらラックが高くても、凍える川に飛び込むなどの自発的な行動をとると、怪我をしてしまう可能性はあるらしい。
これからはもっと気をつけよう。
***
「不甲斐ない奴だ……」
「も~、そんなことを言うものではありませんよ、カリア。フーンさんは頑張ってたんですからね」
酷い目にはあったものの、メルリンに介護してもらえることになったので結果オーライだ。
「カリア、闘技大会の手続きはもう済ませたのかい?」
「し、しまった! こいつが馬鹿げたことをしでかしたせいで、失念していた」
あれ? カリアってば、もしかして俺のことが心配だったのか?
それで、うっかり忘れちゃったりしたの?
「カリア、自分のドジを人のせいにするのはいけませんよ」
「やかましいぞ、メルリン」
なんだ毎度お馴染みのドジっ子ミスか。
そうだよな、カリアだし。
期待した俺が悪かった。
「もう一度街へ行ってきます、ヨムル様」
「ちょっと、待ちなさい」
家から飛び出そうとするカリアを呼び止めるババア。
「ついてにフーンも登録してやったらどうだい?」
「ヨムル様、闘技大会は軟弱者が出場できるような、柔な大会ではありません」
「だからこそだよ。フーンも一応男なんだし、少しは鍛えてやるべきだと思うんだ。そうでもしないと、こいつはいつまでも軟弱のままだよ。仕事中に急にぽっくり死んじまったら、あたしが困る」
「確かに大会は戦闘経験を積むには有効な手段だと思いますが……」
「カリア、これは命令だよ」
「はい。わかりました、ヨムル様」
え? 俺の意見は聞かないの?
「その大会って危なくないんですか? 俺なんかが出場したら、ボブスみたいな屈強な男に数秒でひねり殺されそうですよ」
「大丈夫だよ。大会には国内で屈指の治癒魔術師と時魔術師が揃えられている。何十年間も続けてられたこの大会でこれまで死者が出たことは、一度たりともないよ」
「時魔術師も治癒術を使うんですか?」
「いいや。粉々になって治癒術がかけられなくなってしまった参加者の時間を逆行させて、元に戻すんだ」
物騒すぎるでしょ。
どんどん参加したくなくなるんだけど……。
『これはチャンスですよ、浮雲さん』
『お前がスリラー映画を楽しむチャンスか?』
『その通りで……じゃなくて、違いますよ。この大会に出て優勝すれば、最強ウハウハライフに近づけるかもしれないです』
『いつも思うんだが、どうしてお前はそんなにも俺のサクセスを望んでいるんだ?』
俺の第一の人生を狂わせたことに対して申し訳なく思っているところもあるだろうが、こいつの執着心はかなり度が過ぎている。
『それだけ壮大な生き方をしてもらわないと、見ているわたしがつまらないからですよ。もっと楽しませてください』
結局、私情かよ。
***
「おい、フーン」
寝ようと思い寝室に向かっていると、背後から声をかけられた。
なんだ、ババアか。面倒臭いなぁ。
「何か御用ですか?」
「明日の大会に出るんだろ? 装備品を取り繕うべきじゃないのかい?」
「確かにそうですね」
「そこでだ。あたしが若い頃に使用していた、取って置きの装備品を貸してやろうと思ってねぇ」
「臭そう……じゃなくて、本当ですか? ありがとうございます」
「こっちへおいで」
後に続き、地下室へ続く階段を降りる。
いつもは掃除の時ですら立ち入るのを固く禁じられているので、ここを訪れるのは初めてだ。
ババアが取っ手に鍵を刺すと、ぎぎぎと古びた音を立てながら木造りの扉は部屋の中へと開いた。
押し開かれた様子はなかったので、おそらく魔法で施錠されていたのだろう。
「ここにはね、あたしの思い出の品がたくさんしまってあるんだ」
さてさて、どんな素晴らしい装備品が俺を待ち受けているのだろうか。
「……」
確かに素晴らしい装備品だ。
RPGにおいて最も味方に着せたくなる防具トップ3に入る。
でも、俺が着るのはちょっと――
「ビキニアーマー……ですか?」
赤、青、ピンク。
各色のビキニアーマーが、部屋の真ん中にそびえ立っている三つのマネキンを着飾っていた。
どれも布の面積が極端に少ない。
乳首とか以外は何も隠せてないよね、あれ。
「どうだい? ここで一回、試し着するかい?」
「え、遠慮しておきます」
俺が着たら、間違いなくあれがポロリするだろ。
「お前さんの趣味には合わなかったのかい? 若いもんのファッションセンスは、どうにもわからんね。昔はこれを着て外に出るだけで、周囲の視線を簡単に釘付けにできるほど人気だったんだよ」
それ、アーマーじゃなくて、アーマーが隠しきれていない部分に釘付けだったんだと思うんだが。
「おやおや、なんだいその怪訝そうな顔は。あたしのことを疑っているのかい? なら、これを装着したあたしの麗しい姿を見せてやるよ」
「いえいえいえいえいえいえいえ、決して疑ってなどいません! ババ……じゃなくて、ヨムル様は八方美人そのものなので、アーマー関係なく視線を釘付けにできたのではないかと、考えていただけです!」
身の程をわきまえてくれ!
現在の体でそれを着用すれば、【CEROの横暴】で防ぎきれない高度なグロが誕生する!
「おやおや、お世辞かい? 不覚にも、ちょっと嬉しく感じてしまったよ」
おほほと笑うババア。
「でも、それを着ないのなら、せめて武器だけでも持っていきな。闘技大会に参加しているのは、素手で敵うような人たちじゃないからねぇ」
ババアは部屋の隅に設置されていた箱の蓋を開け、中から柄に赤い宝石が埋め込まれている標準サイズの剣を取り出し、それを俺に手渡した。
「あたしの夫の遺品だよ」
「そんなに大切なものを俺が使っても良いんですか?」
「あいつも愛用していた武器がまた日の目を見ることになって、喜んでいるだろうよ」
俺はヨムル様に礼を告げ、剣を持って寝室へ戻った。
カリアが教えてくれたのはナイフ術なので、適応するのに時間がかかりそうだが――まあ、別にナイフの扱いに長けていたわけでもないので、どちらを使っても大差ないだろう。
適当に振り回すのならリーチがある剣の方が強そうだし。
アクティブスキル
・【空の支配者】
てるてる坊主、もしくはるてるて坊主を吊るすことにより、周囲50km半径の天候を変えることができる。この効果はスキルを持っている人間自身が作ったてるてる坊主でないと発生しない。完成してから15分以上経過したてるてる坊主は、鮮度が足りないので使えない。
パッシブスキル
・【堅忍不抜もどき】
脳を刺激し、不要な痛みを和らげる酵素を分泌させる。もちろんラックによる回避と同様、ご褒美には反応しない。
・【CEROの横暴】
8話参照。
・【メタルパニック】
8話参照。




