18 トランプ
今日も大雪が降っていて、一向に外に出られそうな兆しがしない。
なので、俺ら奴隷三人はおとなしく室内でゲームを遊ぶことにした。
「何を遊びましょうか?」
リビングの机に集まると、メルリンがそう訊ねた。
「私はトランプが遊びたい」
へー、こちらの世界にもトランプがあるのか。
「わかりました。では、取ってきますね」
メルリンが椅子から立ち上がり、寝室へと向かう。
「トランプって数字が書いてあるカードの束のことだよな?」
「当たり前だ」
やはり、まったく同じ物らしい。
どういった経緯で二つの異なる世界に同じものが出来上がるのだろうか。
まあ、いくら熟考しても俺にわかるはずもないので、考えるだけ無駄か。
「取ってきましたよ!」
居間へ戻って来たメルリンは紐で縛られたカードの束を持っていた。
前の世界の標準的なトランプより一回り大きいみたいだ。
「どのゲームを遊びましょうか?」
「柄揃えはどうだ?」
メルリンが問うと、真っ先にカリアがそう答える。
「ふふふ、おじさんみたいですね」
「わ、悪かったな。私の実家ではそれしか遊ばなかったんだ」
「私はそれでいいですよ。フーンさんは遊び方を知っていますか?」
「いや、柄揃えは初耳だ」
俺がそう言うと、カリアは目の色を変え、意気揚々とルールを説明しだした。
こいつ、このゲーム好きすぎだろ。
「では、四枚ずつ配りますね」
簡単に説明すると、このゲームはポーカーに似ている。だが、配られるカードは4枚で、ストレートやツーペアなどは存在しない。
勝つには四枚同じ数字を集めるか、四枚同じ柄を揃えなければならないのだ。
かなり簡略化されたバージョンだ。
「フーンさん、何枚取り替えますか?」
「そうだな……」
全部ばらけている。とりあえず、三枚変えるか。
適当に選んだカードを三つ捨てる。
「おい、表向きに捨てろ」
俺が知っているルールとは少し違うみたいだ。
くるりとハートの2、スペードの7、そしてクローバーのクイーンのカードをめくる。
「その7は私がいただく」
カリアは自分の手札の一枚と引き換えに、俺が捨てたカードを拾った。
「そんなルール聞いてないぞ」
「無知な初心者からはそうやって金を剥ぎ取るんだ。私の父親がいつもやっていたことだ」
お前がどうして奴隷として売られることになったのか、少し察しがついたよ。
「フーンさん。山札から三枚引いてください」
さてと……、あれ?
「四枚同じ数字が揃ったらどうするんだ?」
「みんなが一回ずつカードを取り替え終えたら、そこで見せればいいだけですよ」
「まさか……お前は三枚捨てたんじゃなかったのか? 揃う確率はかなり低いはずだ」
でも、揃っちゃったものは揃っちゃったんで。
結局、俺が勝利して一回戦は終わった。
その後もカリアは何度も再戦を挑んできたが、やはり俺が毎回勝ってしまう。
ラックはこのような些細なことにまで影響を及ぼすらしい。
「も、もう一度だ!」
カリアの拳がぴりぴりと小刻みに震えている。
やばい、このままだと怒気に駆られた彼女に殴られる可能性が……。
「流石に、49回連続で勝てるとは思えない」
それはギャンブラーの誤謬だぞ、カリア!
何度対戦してもお前の勝率は変わらない。
このままでは彼女は間違いなくもう一度負けてしまうだろう。
うわぁ、どうにかして負けないと間違いなくぶん殴られ――
「違うゲームを遊びませんか? 私、少し飽きてきました」
ナイス提案、メルリン。
おかげでどうにか暴行を受けずに済みそうだ。
「だが、私は他のゲームを知らないぞ」
「俺が知っているゲームを教えてやるよ」
手始めに七並べでもどうだろうか。ルール簡単だし。
「負けた……」
何故かカリアの手札に1、2、Q、Kが毎回集まってしまう。
「違うのを遊ぶか。ババ抜きなんてどうだ?」
またもや俺が一番抜け。メルリンも怒涛の二位キープだ。
カリアの顔の色がリンゴより赤くなっている。
前髪に隠れて眼球は見えないが、おそらくギチギチに血走っているのだろう。
次は手抜きをしてでも負けなければ、彼女は溜まりに溜まった鬱憤を火山のように一気に噴出してしまうかもしれない。
「だ、大富豪はどうだ?」
ルールは少し複雑だが、これなら悪手を踏みまくって故意に負けることができる。
俺は山札を何度も何度もシャッフルし、できるだけ数字がばらけるようにと念を込めながら、トランプを各者に配った。
さてと、俺の手札は ……。
4 四枚
5 四枚
8 四枚
9 三枚
10 二枚
4と5と8が揃ってしまっているのが怖いが、それ以外に関してはかなり弱い引きだ。
これなら十分、敗北が可能だと思われる。
「フーン、2が一番強いのだな?」
「その通りだ」
嬉しそうに微笑みながら、興奮の鼻息を漏らすカリア。
どうやら彼女はようやく良い手札にありつけたようだ。
じゃんけんによって決められた順番は
メルリン → 俺 → カリア
となった。
「では、私が先に行きますね。革命です!」
ずらりと3を四枚並べるメルリン。
早すぎるだろ!
カリアは呆然と口を広げた。
革命が起こると数字の価値が逆転してしまうので、彼女の手札はおそらく高い数字ばかりなのだろう。
戦っている時と違って、全くポーカーフェイスを保たないので、手札が見え透いてしまっている。
「もう一度、私の番ですね。えい!」
メルリンは9を一枚出した。
ここは俺がさっさと革命返しをした方が良さそうだ。
「俺は8を一枚出す。8切りでもう一度俺の番だ。はい、革命」
4を全て出してメルリンの反乱軍を鎮圧。
「パス」
良かった、カリアの表情が少し落ち着きを取り戻した。
しかも今のパスは英断。たとえ何かが四枚揃っていたとしても、もう一度革命を起こしてしまうと、彼女に不利な状況となってしまうからだ。
「革命返しです!」
メルリンはふふーんと意気込みながら7を四枚出す。
うわ、やめろ!
「革命返し返しだ!」
俺は5を使って反撃。
「パス」
「革命返し返し返しです!」
ふふん、と鼻で笑いながら6を四枚召喚。
まずいな。
俺にはもう革命ができない。
このままでは低い数字が強いままだ。
「6より低い四枚ペアはもうありませんね? もう一度、私の番です。はい、10を一枚」
パスするべきだろうか……。だが、カリアは9以下の数字を持っていないかもしれないので、俺がここでメルリンを引き止めないと、四枚しか手札を残していない彼女が勝ってしまう。
「8……」
8切りでまた俺の番になった。
今度はわざと悪手から出てみるか。
今持っている一番高い数字は……10じゃないか。
さっきと状況が全く変わってないぞ。
「10を一枚」
「パス」
「パスです」
あれ、もしかしてしくじった?
「9を一枚?」
「パス」
「パスです」
その調子で残りのカードを出しきり、またまた俺が勝ってしまった。
「ようやく、私の番か」
でも、俺が最後に出したカードを誰も越えられなかったので、ルール上、次のプレイヤーは順番通りにカリアとなる。
頑張れ、カリア!
主に俺の身の安全のために!
「2を四枚。革命返しだ」
「パスです」
数字の強さが元に戻って、波がカリア側に戻って来た。
これは勝てるかもしれない!
「1を四枚、そして――」
「11を四枚で、上がりです」
「ば、ばかな。11より1が強いのではなかったのか?」
「さっき1を四枚出してもう一度革命しましたよ、カリア」
凡ミス。
ドジっ子属性が仇となったか……。
「わ、私がまままけ……」
やばいやばい、カリアの眉間のシワがむちゃくちゃにうねり、顔がピカソ絵みたいになっているううううぅ!
「い、いか……、さ、さむぁ……ごほん」
咳払いをして嗚咽を無理やり呑み込んだのか、カリアは平然とした佇まいを取り戻した。
「いやぁーまた負けてしまった。残念だ」
「お、怒っていないのか?」
「ゲームに勝ち負けはつきものだからな。今日はたまたま私の運が悪かっただけだ。ところで、フーン。お前は52枚拾いというゲームを知っているか?」
「52枚拾い? 聞いたことがないな」
「それはだな……」
カリアはテーブルの上に散らかっているトランプを一束にまとめあげた。
「こうやって遊ぶゲームだ!」
うおーっと猛獣のような険相を浮かべながら、俺にめがけてトランプを全力投球———しようとしたのだろうが、直前に足を滑らせてしまい、豪速球はメルリンの顔面に直撃した。
「……」
「す、済まなかった、メルリン! 大丈夫か?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴと暴風がメルリンの周りを吹きすさぶ。
「はい、大丈夫ですよ」
と彼女はにっこりと微笑みながら口で申しているが、
「さっさと拾いやがれよクズが。殺すぞ?」
と彼女のまったく笑っていない瞳が語りかけてくる!
完全に怖気付いた俺とカリアは、真っ先にトランプを床から拾い始めた。
なるほど、これが52枚拾いか。
「メルリンって怒ると怖いのか?」
ぼそぼそとカリアの耳元に囁く。
「しらん。私もあれを見たのは初めてだ」
「あの~、二人楽しく何の話をしているんですか? 私にもぜひ聞かせて欲しいです」
「「なんでもありましぇん!!!」」




