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そこに、山しかないから
「そこに山があるから」
そんな言葉がある。だが俺にはそこに山があっても登る気なんていっぺんたりと起こらなかった。自分で自分を苦しめるような行為のどこに面白さがあるのか、分からなかった。
「…………」
だが、俺は今山を登っていた。
上下ジャージに、普通の運動靴。ガチな人が見れば「山を舐めるな」と怒声を浴びせられることだろう。
べつに舐めているつもりはない。ただ「しかたなくやっている」だけだ。
つまり、俺は今、いやいや山に登っている。本当なら今頃、家でぼーっとテレビを観ていたはずだ。
苦しくて苦しくて仕方なかった。下る気力すらなかった。
とにかく頂上に行けば、景色を見れば元気を取り戻す。俺は歯を食いしばり、ぬかるんだ地面を一歩一歩着実に進んでいく。
だんだん、ハイになってくる。いやいや登り始めた山だが、俺は登山の魅力が分かり始めてきた。
今度はちゃんとした格好で来よう。そう誓ったと同時に、俺は頂上に着いた。
俺の他にも登ってきた者は何人かいた。みんな、展望台から町を見下ろしている。
だが、そこに一切、笑顔はなかった――。