「都会」暮らしにあこがれて
田舎暮らしにうんざりした私は、都会での一人暮らしをすることを決意した。
「馬鹿者!」
そのことを父に言うと、父は今までにないくらいの怒りを見せた。
「なんてこと言うの……!」
母に助けを求めようとしたが、母も私の宣言に呆れていた。
二人がここまで反対するのは、おそらく二人とも「都会=恐い」という、昔ながらの考えが染みついているからだろう。二人ともこの田舎町でずっと育ってきたと、以前聞いたことがある。
「心配しないで、お金はあるわ」
私はとりあえず、別の切り口から説得を試みることにし、二人に通帳を見せた。お年玉、お小遣い、夏休み、年末の短期アルバイトなどにより、都会暮らしを決意してからの約三年近くの間に、限りなく七桁に近い金額になっていた。もちろん、これに合わせ、これからバイトをしていくことを考えれば、支援なく十分一人でやっていける
「そんなことはどうでもいい!」
だが、父の言葉は予想外のものだった。
「お前なんかが都会でやっていけるわけないだろ」
「そうよ、あんたみたいなのが、都会で暮らしていけるわけないわ」
あまりにひどい言い草に、私は泣きそうになった。たしかに私はずっと、電車も通っていない、周りが田んぼと山だらけの町で育ってきた田舎娘だ。それでも、この町の誰よりも都会にあこがれているという自負はある。
「――分かった。認めよう」
それから何度も言い合った末、ついに私は両親を説得することができた。反対されたら家出をする覚悟もしていた。
「ただし、住む場所はこちらで決めさせてもらう」
父はそう条件を付けたが、都会であるならどんなボロアパートでも良かった。
それから少しして、一週間後に、私は家を出ることになった。
わくわくで胸がいっぱいだった。私は旅立つまで、都会についての情報をさらに集めた。
電車、地下鉄の乗り方、乗り換え方。コンビニでコーヒーを買うやり方、交差点の渡り方、タブレットの使い方……困りそうな問題は、全て解決した。。
「行くぞ」
そして当日の午前九時、私は父の車で、都会へ旅立つことになった。
「直接行くからな」
父は私にそう言ったが、さすがに何百キロも車で走らせるのは悪く、私は新幹線に乗ると言った。
「何を言っているんだお前は?」
この期に及んでまだお金のことを気にしているのだろうか。私は自分でお金を出すと説明した。
「乗る必要はない」
よく意味の分からないことを言う父。聞き返そうとしたが、前日あまり眠れていなかったこともあり、いつの間にか私は寝てしまっていた。
「――着いたぞ」
都会での暮らしを楽しむ夢を見ていると、父の言葉に目を覚ました。私は無意識に、まず腕時計で時間を確認した。
「……本当に車で来たの?」
時計の針は十時を示していた。夜かもという考えも浮かんだが、周りの明るさによってすぐに違うと分かった。つまり、一日経つほど走ったということだ。
「ほら、降りろ」
私は父に言われるがままに、車を降りる。眼の前には白くて綺麗なアパートがあった。
「敷金礼金は払ってやった。あとは自分でなんとかしろ」
父はそう言ってすぐに車に乗り、走り去っていった。
ともかくここから私の都会暮らしが始まる。私はさっそく、先日買っておいたスマートフォンの地図アプリを使い、「自宅」の場所を、このアパートにセッティングし直そうとした。
だが、使い方を誤ってしまい、自宅からこの場所までのルートを検索にかけてしまった。不慣れな動作をしてしまったことを悔しく思いながらも、自分の家がどれだけ田舎にあったのかを、「都会暮らし」の視点から確認してみることにした。
「…………え」
また、操作を間違えたのかと思った。だけど徐々に私は気づき始めた。
「あ……あ……」
足に力が入らなくなる。私は地面に膝をつけた。
たしかに、たしかにここは「都会」だ。それは間違いない。でも、それはあくまで……「私の住む家」に比べれば、だ。
「だからって……こんな……」
あまりにもあっさりと都会での一人暮らしを認めたこと、住む場所については任せろと何度も言っていた父の真意がようやく分かる。これが、両親にとっての「許容範囲」だった。
いまだ震える私の手は、再びスマフォ画面をタッチしていた。
『自宅まで、二十一キロです』
機械音声のナビは、淡々と無慈悲にそう告げた――。