表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
広異世界の小さな話  作者: 元田 幸介
79/100

あってないような選択肢

 もしもあの時ああしていれば……。と、誰だって考える。でも仮にやり直せたとしても、結局は「それ」に行き着くもの……俺はそれを身をもって知っていた。




 トムという留学生がやって来た。トムは俺の家にステイすることになった。


「優しい人ばかりで良かったです」


 流暢な日本語で、トムは日本に来て良かったと言った。


「できれば、ずっと一緒にいたいです」


 トムはさびしそうにそう呟いた。


 トムは背も高く、顔も良かったので、当然女子たちからアホほどモテた。その中には告白した女子もいた。


「ありがとうございます。とても嬉しいです」


 トムはそう返事をするが、決して誰かと付き合おうとはしなかった。一ヶ月後には自分の国に帰るのを考えれば、普通のことだろう。


 代わりにトムは、俺と一緒に過ごす時間が多かった。俺はトムを連れて、休みの日には秋葉原に行き、「日本文化」を教え込んだ。


「アニメ・漫画・ゲームは最高ですね!」


 トムはあっという間にオタク趣味にハマった。その知識は一ヶ月の間ににわかな俺を超えていた。





 と、ここまではごく普通の出来事だ。



 信じられないかもしれないが、俺は何度も一ヶ月を過ごしている。


 簡単にいえば「ループ」。なぜか俺だけが記憶を保持して、トムがやって来た日から帰る前日までの、一ヶ月を繰り返している。


 そして今回は五回目。ついに俺はこのループを起こしている人物が、トムであると分かった。


「本当に楽しいところです……」


 そしてトムの帰国の前日――再び一ヶ月前に戻る前日に、俺はトムを自分の部屋に呼び寄せた。

「何か、他にやっておきたいことはないか?」


 アニメや漫画で見たのだと、ループを起こす原因はけっきょくは「満足できていない」ものから来るものだ。


 今からでは無理でも、次のループの参考にはなる。俺はトムにやりたいことを訊いた。


「もう十分です。ありがとうございます」


「そんなことないだろ、何かあるだろ?」


 だが俺も食い下がる。トムは神妙な顔で考えながら、


「――できれば……家族になりたいです」


 トムはようやく、「本音」を口にした。


「……家族?」


「はい。ずっとこっちにいたいです……正直言って、あっちの家には帰りたくないんです」


「……そうか」


 今まで何度もそんな雰囲気があったが、トムの口から聞くのはこれが初めてだ。


 これがトムの本心であり、ループを抜け出すためのキッカケだろう。


 そして同時に、絶望がのしかかった。トムの言っている「家族」が、「感覚的」なものというよりも「本格的」なものの感じがしたからだ。


 つまりは戸籍そのものを変える……一ヶ月でそんなこと、できるはずがなかった。


「……あはは、冗談ですよ。それでは、おやすみなさい」


 俺が本気で落ち込んでいるのを見て、トムは慌ててそう言った。トムは自分の部屋に戻ろうとする。


「――トムっ!」


 寸前で、俺はトムを呼び止める。俺はやけくそに、ダメ元で、一か八か、ループを終わらせるために、本心からこう言った。


「俺たちはもう家族だ!」


 よくよく考えれば、俺たちはもう、五ヶ月近くは一緒の家に住んでいる。そう呼んでも差し支えない関係だ。


 トムの「感覚」に、「本格」を植え付ける……トムはにこりと笑みを浮かべ、


「――そうですね。僕たちは家族です」


 パンッ。眼の前がはじけた。




 そして、俺はようやく……終わりなき一ヶ月から脱することができた。トムは帰国し、俺は待ち望んでいた明日を迎えることができた。



 ……………………だが、




「……ごめん、今なんて言った?」


 一年後、夏休みの一週間、トムが再び家にやって来た。帰国前日、トムは照れくさそうにもう一度、同じことを言った。



「好きです、家族になりましょう」


「…………」


 螺旋は、終わらない。


 イエス以外は許さない。



 俺は百回超えても、同じ一週間を続けるしかなかった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ