あってないような選択肢
もしもあの時ああしていれば……。と、誰だって考える。でも仮にやり直せたとしても、結局は「それ」に行き着くもの……俺はそれを身をもって知っていた。
トムという留学生がやって来た。トムは俺の家にステイすることになった。
「優しい人ばかりで良かったです」
流暢な日本語で、トムは日本に来て良かったと言った。
「できれば、ずっと一緒にいたいです」
トムはさびしそうにそう呟いた。
トムは背も高く、顔も良かったので、当然女子たちからアホほどモテた。その中には告白した女子もいた。
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
トムはそう返事をするが、決して誰かと付き合おうとはしなかった。一ヶ月後には自分の国に帰るのを考えれば、普通のことだろう。
代わりにトムは、俺と一緒に過ごす時間が多かった。俺はトムを連れて、休みの日には秋葉原に行き、「日本文化」を教え込んだ。
「アニメ・漫画・ゲームは最高ですね!」
トムはあっという間にオタク趣味にハマった。その知識は一ヶ月の間ににわかな俺を超えていた。
と、ここまではごく普通の出来事だ。
信じられないかもしれないが、俺は何度も一ヶ月を過ごしている。
簡単にいえば「ループ」。なぜか俺だけが記憶を保持して、トムがやって来た日から帰る前日までの、一ヶ月を繰り返している。
そして今回は五回目。ついに俺はこのループを起こしている人物が、トムであると分かった。
「本当に楽しいところです……」
そしてトムの帰国の前日――再び一ヶ月前に戻る前日に、俺はトムを自分の部屋に呼び寄せた。
「何か、他にやっておきたいことはないか?」
アニメや漫画で見たのだと、ループを起こす原因はけっきょくは「満足できていない」ものから来るものだ。
今からでは無理でも、次のループの参考にはなる。俺はトムにやりたいことを訊いた。
「もう十分です。ありがとうございます」
「そんなことないだろ、何かあるだろ?」
だが俺も食い下がる。トムは神妙な顔で考えながら、
「――できれば……家族になりたいです」
トムはようやく、「本音」を口にした。
「……家族?」
「はい。ずっとこっちにいたいです……正直言って、あっちの家には帰りたくないんです」
「……そうか」
今まで何度もそんな雰囲気があったが、トムの口から聞くのはこれが初めてだ。
これがトムの本心であり、ループを抜け出すためのキッカケだろう。
そして同時に、絶望がのしかかった。トムの言っている「家族」が、「感覚的」なものというよりも「本格的」なものの感じがしたからだ。
つまりは戸籍そのものを変える……一ヶ月でそんなこと、できるはずがなかった。
「……あはは、冗談ですよ。それでは、おやすみなさい」
俺が本気で落ち込んでいるのを見て、トムは慌ててそう言った。トムは自分の部屋に戻ろうとする。
「――トムっ!」
寸前で、俺はトムを呼び止める。俺はやけくそに、ダメ元で、一か八か、ループを終わらせるために、本心からこう言った。
「俺たちはもう家族だ!」
よくよく考えれば、俺たちはもう、五ヶ月近くは一緒の家に住んでいる。そう呼んでも差し支えない関係だ。
トムの「感覚」に、「本格」を植え付ける……トムはにこりと笑みを浮かべ、
「――そうですね。僕たちは家族です」
パンッ。眼の前がはじけた。
そして、俺はようやく……終わりなき一ヶ月から脱することができた。トムは帰国し、俺は待ち望んでいた明日を迎えることができた。
……………………だが、
「……ごめん、今なんて言った?」
一年後、夏休みの一週間、トムが再び家にやって来た。帰国前日、トムは照れくさそうにもう一度、同じことを言った。
「好きです、家族になりましょう」
「…………」
螺旋は、終わらない。
イエス以外は許さない。
俺は百回超えても、同じ一週間を続けるしかなかった。




