無自覚の殺し屋
飛んで火に入る夏の虫。殺し屋が狙っていたターゲットが、自らのこのこと、殺し屋の前に姿を現した。
男は何の警戒もなく、ぐいぐいと近づいてくる。馬鹿なやつだ……殺し屋はナイフを取り出そうとした。
「あー、やっぱタカユキじゃん!」
だがその手は止まった。
「久しぶりだなあ、今なにやってんだ?」
「――誰と勘違いしている」
「誰って……お前タカユキだろ。俺だよ俺、小学校の頃同じクラスだったろ?」
「お前なんて……知らん」
過去は捨てた。殺し屋に与えられたコードネームは「ファルコン」……。だが、殺し屋の手は一向に動かなかった。
「じゃっ、再会を祝して飲みに行こうぜ!」
「なっ……!」
男は殺し屋の手を引っ張り、すぐに人気の多い場所へ出た。
……まあいい。こんな男すぐに殺せる。殺し屋はそう言い聞かせ、とりあえず男と酒を交わすことにした。
――というのは建前。殺し屋は自分を知る男から、話を聞きたかったのだ。
「――ん、もう酔ったのか?」
だが殺し屋、居酒屋に入ってからの記憶が曖昧だった。殺し屋は男の声によって意識を戻した。
「な、何をした……?」
体がふらつく、意識もぼんやりとする。油断した……! 俺は男にハメられた。
「――いや酒一杯飲んだだけだろ? 弱いなあ、お前」
男はそう言うが、騙されない。自分がこんなに酒が弱いはずがない! きっと睡眠薬かなにかを投入したに違いない!
殺し屋はこれ以上悪化する前に、歯を食いしばり、仕事をこなそうとした。
「なあ、覚えているか? ガキの頃の約束……」
独り言のように男は語りだす。殺し屋はつい、耳を傾けてしまった。
「もしも大人になっても、俺たち親友だって……」
「……」
「なあ、俺たちまだ……親友だよな?」
「……」
殺し屋はひたすら黙って男の言葉を聞く。だがそれは男には逆効果だった。
男はグラスに残った酒を飲み干す。そして、
「――じゃあな」
「ま、待て……っ!」
ここで逃してたまるものかと、殺し屋は最後の力を振り絞り、男を、「自分の過去」を捕まえようとした――。
テレビのニュースで、居酒屋で殺人事件があったと流れた。犯人はすぐに捕まったらしい。
「……にしても、気の毒だよな」
犯人が言うには、「相手を間違えた」という、なんとも言えないものだった。動機については黙秘を続けているらしい。
「……それにしてもこの犯人……どっかで見たことあるな……」
喉元まで出かかっているが、中々思い出せない。
「……まあいいか」
仮に会っていたとしても、どうせ大したことじゃない。
だから、タカユキがこの事件を思い出すことは、もうなかった。




