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広異世界の小さな話  作者: 元田 幸介
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体育館裏に呼び出された理由をあたしはまだ知らない

 あたしにとって体育館裏に呼び出される理由は二つある。


 一つは天国、もう一つは地獄。普通の人はこれの逆だ。


 そしてあたしを待っているのは、ほとんど地獄の方だった。


 その日もあたしは体育館裏に呼び出された。呼び出したのは同じクラスのタナカ。無表情で何を考えているのか分からないが、他の奴らと同じだろう。


「すまない。急に呼び出して……」


 タナカは申し訳無さを微塵も感じさせない表情で謝った。


「で、何の用事?」


 一応尋ねるが、どうせいつもと同じだ。あたしはさっさと本題に入って家に帰りたかった。


「単刀直入に言うと……いや、やはり恥ずかしいな」


 タナカはここで初めて顔をそらした。いつもと様子が違う。だが油断はしなかった。


「早く言ってくれない?」


 こちらから一言「ごめんなさい」と言うだけで済む話だが、相手の「勇気」を無下にするわけにもいかない。あたしはタナカからの「無意味な言葉」を待った。


「……ふむ、慣れているようだね」


「まあね。今年に入って、あなたで七人目よ」


「ラッキーセブンか……」


 タナカは嬉しそうな顔になるが、全部合わせれば四十四人目、縁起は良くない。


 しかも今日はあまり機嫌の良い日じゃないので、自然と声音も冷たいものになっていた。


「…………」


「…………」


 それから五分近く経ったところで、タナカは口を開いた。


「待ってくれるんだね」


「……ええ、待ってあげるわ」


 試されたような気がして腹が立った。あたしはどれだけひどく断ってやろうかと考えた。


「いや、すぐに終わるよ。でもその前に、いくつか訊いていいかな?」


「何?」


「今まで告白を受け入れたことはあるのかい?」


 核心を突く質問だった。


「無いわよ。どいつもこいつも骨なしの根性なしよ」

 

 過去、あたしに天国を見せてくれた者はいた。でもそれは一瞬だった。


「逆に、好きな人はいないのか?」


「いないわよ。今もこれからもね」


 どうせ()()()()()()は一生経っても現れない。あたしはほとんど投げやりな気持ちになっていた。


「自分を大事にした方がいい」


「大きなお世話よ」

 

 いいかげんイライラしてきた。()()()()()()()()()()()()。あたしはタナカの言葉を最後まで待たずに答えを示そうと――。


「これで最後だ」


 狙いすましたかのように、タナカはそう言った。


「……なに?」


 最後という言葉に、あたしはギリギリのところで辛抱する。


「君は()()()()()()()()()()()()()?」


「え……あっ」


 長らく同じものが続いたせいで、すっかり地獄に染まっていた。あたしのボルテージは急上昇した。


「本気?」


「ああ、本気だ」


 タナカはブレザーを脱ぎ、胸元を開く。完全にやる気だった。


「タナカジロウ……推して参る」


「――上等っ!」 



 あたしに勝ったら付き合ってあげる。


 四十四人中、()()()()()()()は、勢いよくあたしに飛びかかってきた――。










 体育館裏に呼び出される。


 久しぶりの天国。


 同時に、あたしが地獄に落ちることはなくなった。

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