死期視
こんなことをいきなり言われたらあなたは困惑するかもしれないが、私は超能力者だ。
だからといって、宙に浮かべるとか自然現象を操ったりとか、ましてや時を操るといった大層なものではない。
私は人の「死期」を視ることができる。
それは私が医者だからとか、「ぱっと見」で分かるといった曖昧なものではない。死期が近づいた人間の頭上に、デジタル時計のように正確に「死」へのカウントダウンが刻まれていく。
この死期が視え始めるのは、その者の「死」からちょうど252900秒――三日前から秒刻みで刻まれていく。この時点で私の能力は使いにくい。
このカウントがゼロになったらどうなるのだろう? 私は興味本位から、初めて視えたその人物、私の祖父をその間観察し続けた。これが、私が自らの能力に気づくキッカケにもなった。
死期が視えるからといって、それが「死」を回避できるという意味ではない。最初の頃、私は何としてでも死を回避させようと必死になった。だが、いくら「過程」を変えようとも、どれも必ず「死」というゴールにたどり着いた。
もう、諦めよう。私は自らに与えられた能力を「運命」と割りきって、できるだけ気にしないように生活を送ることにした。
そう、それが大切な人であろうと、自分自身であったとしてもだ――。
「まだ、死にたくないなあ」
だが、そんな私の意志はけっこうあっさりと崩されることになった。
「ねえおじさん。おじさんは自分の人生に満足できた?」
ベンチに座っていた私に、どこからともなくやってきた少女は語りかけてきた。私はすぐに首を横に振った。
「まさか。まだまだやりたいことはたくさんあったさ。逆に君はどうなんだい?」
「うーん、けっこう満足できたかな」
意外な返答だった。それは強がりとか「知っている」とかではない、本心からの言葉のようだった。
「友達といっぱい遊んだし、お母さんとお父さんと色んなところに遊びに行ったし……あと、誕生日プレゼントにゲームも買ってもらったし」
「……怖くないのかい?」
「怖いよ。でも、仕方ないんだよね」
近頃の子供はこんなにも達観しているのだろうか。私は少女の物怖じしない姿勢に、べつの意味で恐怖を覚えた。
「でもラッキーな部分もあると思うんだ」
「ラッキー?」
「うん。だって『分かって』いれば、覚悟もできるし。それに……あたしだけじゃないもの。お父さんもお母さんも、みんな一緒」
「…………だったら、早く両親のところに帰りなさい。最後まで少しでも一緒にいるんだ」
「うん! ありがとおじさん。じゃあまた……じゃなかった、最後までしっかりねー」
少女は見ず知らずの私にそう言い残し、元気よく去っていった。
「最後までしっかりとか……」
私はコンビニから頂戴してきた、タバコに火を点ける。健康に悪く、寿命が縮むとされ、今まで吸ってこなかったが、初めて挑戦してみることにした。
「ケホッ、ケホッ……ダメだな、これは」
少し吸っただけで気持ち悪くなった。流石、唯一残されていただけある。
「みんな一緒か……本当に、そうだったらどれだけいいだろう」
同じだなんて気持ちが悪い。だから私は学校の制服が嫌いだった、合唱が嫌いだった、創作ダンスが大嫌いだった。
だが今になって思うと、「同じ」がどれだけ大事か、身にしみるほどよく分かる。
「……同じが、良かったな」
私は手鏡に写った、「いつも通り」の自分を眺めながら、自嘲気味にそう言った……。