ヘンダリン
印象に残るセリフがあったら現実でも使いたくなる。
俺もその一人でついその場その場でアニメのセリフを言ってしまうことがある。
だが時々、元ネタの分からないセリフを言ってしまうことがある。
誰も気づかないが、俺自身そういう「にわか」なことを許せず、言ったあとに後悔することが多々ある。
「お前本当『ヘンダリン』みたいだなあ!」
そして今回もわけの分からないセリフを言ってしまった。
「は?」
子供の頃の、深夜にやっていたかなりマニアックなアニメのセリフ(言葉?)。当然、言われた方は知っているはずもなく、バカにされたと思ったようだ。
「どういう意味よ?」
「……どういう意味だろ」
アニメを観ていた記憶はある。だがその言葉の意味を思い出せなかった。
「ヘンダリンなんて言葉、褒め言葉なわけないじゃない!」
たしかに「ヘンダ」なんて、「変だ」という風にしか捉えられないだろう。
「ただでさえ悪口なのに、アニメのセリフを使ってまでとか……本当腹立つわ」
アニメ好きのアキナにとって、アニメのセリフを使って侮辱されるのはたまったものではないのだろう。
「だからヘンダリンは悪口じゃないんだって」
多分、劇中でも一度しか使われていないセリフ。だが決して馬鹿にするようなものではなく、もっと良い意味で使われていた……はずだ。
「じゃあそのアニメ観てみましょうよ」
「え?」
「そうすればはっきりするでしょ」
ほとんど強引に、俺はアイナとそのアニメを観ることになった。
けれど一つ困ったことがある。そのアニメのDVDはレンタルビデオ店には置いておらず、通販でもプレミアがついていてかなり高い。最後の非合法な手段の「ネット視聴」も、誰もアップロードしていなかった。
「心配しないで。録画したのがあるから」
俺がそのことを教えると、アイナは父が録画していたDVDのタイトルにそのアニメがあったことを教えてくれた。さすがアイナの父親だ。
かくして、俺はアイナの部屋で、上映会を行うことになった。
そのアニメのジャンルは宇宙人と地底人が戦うバトルもの。観ていく内に当時の記憶がよみがえり、懐かしい気分になる。
「ねえ、いつ出てくるの?」
四話まで視聴を終えたところで、アイナは尋ねる。いたって真面目なアニメの中に、「ヘンダリン」なんて言葉は出てくる気配はない。
ひょっとして、勘違いだったのだろうか? 五話六話……まったく出てこなかった。
「次で最後ね」
休憩をはさみつつ、俺たちは最終話手前の二十五話まで鑑賞した。アニメ自体は面白かったのでここまで苦になるようなことはなかったが、やはり全然出てこない「ヘンダリン」に、俺は不安を覚えた。
頼む、あってくれ。俺は「ヘンダリン」という言葉が出てくることだけに耳を傾けた。……そして奇跡は起こった。
「………………ヘンダリン…………」
たしかにそう言ったのが聞こえた。俺はやったと喜んだ。
「本当だっただろ?」
これで俺の気持ちを分かってくれただろう。――そう、思っていた。
「やっぱり馬鹿にしてるじゃない!」
なぜかアイナは怒った。俺は意味が分からず、その部分まで巻き戻す。
「……ああ」
「ヘンダリン」はセリフではなく、「編田輪」という名前だった。名前の主は今作のヒロイン。みんなからリンと呼ばれていた少女が、最終話で本名を明かしたというものだった。
「何で忘れていたんだろ……」
子供の記憶は本当に曖昧だ。そして俺はどうして「ヘンダリン」という言葉だけ強く覚えていたのか思い出した。
「……ん? でもバカにはしてないよな?」
やはり褒め言葉のつもりで言ったはずだ。けれどアイナは首を横に振る。
「してるでしょ。なんで私がこんなアニメキャラみたいなのよ。全然似てないわ」
髪型とか性格はけっこう似ていると思うんだが……。そんなこと言ったらまた面倒くさいことになる。
「アイナ、お前って本当……」
だからこそ俺は、もっと良い褒め言葉を、俺の本音を告げることにした。
「ヘンダリンより全然可愛いな」
二次元で初めて恋したキャラと三次元で初めて恋した女子。
比べることすら、失礼だった。




