最高のベッド
普段通らない道を通り、家に帰っている途中のことだった。地面に倒れるように眠っている女を見つけた。
「……すーすー」
無視して行こうかと思ったが、俺は女を起こしてみることにした。
「もう、なに~?」
怒りはしないが不機嫌そうな声を出し、女は起きる。
「危ないぞ、こんなところで」
俺はかつてのことを思い出しながら、女に移動するよう促した。
「いいじゃん。ここは人はめったに通らないし、車は絶対来ないんだから」
「自転車があるだろ……」
「そこそこ広くて見晴らしのいい道だから、どけてくれるよ。ということでお休み」
めちゃくちゃな理論だった。女は自分の家のベッドで眠るかのように、心地よい寝息を立て始めた。
「……」
放っておこう。俺は女の言うとおり、無視して通り過ぎることにした。
けど、気になって仕方なかった。
次の日。俺は再び女の寝ていた場所へ向かう。女の言うとおりその道に人が通る気配はなく、女は無防備な体勢でずっと眠っていた。どうやらあれからずっと眠っていたようだ。
しばらくその様子を眺めていると、自転車に乗った学生が通路に入ってきた。
「起きろ!」
俺は女に叫ぶ。自転車は女に気づき、ギリギリのところでハンドルを右にかわした。
「おはよう~」
そしてのんきに、女が目を覚ました。
「このバカが。あぶねえだろ」
俺は女をにらみつける。だが女はまったく気にした様子は見せず、顔を何度もかく。
「なんでこんなところで寝てるんだ。公園に行け公園に」
というより眼の前にあるのに、なぜ行かないのかが分からない。
「うーん、口で説明するのは難しいなあ……」
女性は困ったように頭をかき、悩んだ末にこう言った。
「一回、寝てみよっか」
「は?」
「寝れば分かるよ。ほらほら」
女は俺にそう促す。馬鹿らしい……と思いつつ、俺は女のいた位置と同じ場所に、体を寝かせてみた。
「どう?」
「どうって……べつに……あれ?」
公園のベンチの方がマシだと思っていた俺だが、信じられないことに、俺の体はそこから動かなかった。動かせなかった。
様々な要因が重なっているのだろう。その位置は俺たちにとって絶妙な「温かさ」だった。
「私の気持ち分かった? 気持ちいよねえー」
「……」
女が何か言ってるが、もう俺の耳には届かない。俺はご飯のことも仲間のことも、何もかもを忘れ、目を閉じた。
「可愛いー!」
そして目を覚ます。可愛い可愛いと連呼しながら、俺はバカみたい写真を撮られた。
『……ニャアアア』
女が起きたくない理由が、ようやく分かった。俺はくぐもった鳴き声を出し、安眠を邪魔する人間の女どもを追い払い、女と同じくらい眠りにつきたかった。
「か、かわいいい!」
だが、それはできなかった――。




