俺らの頭は銀色に
「この問題に答えられることができたら、一万円やろう」
待ち合わせ場所に着いた俺に向かって、いきなりトモキは太っ腹なことを言った。
「あれ、本当だったのか?」
「ふっ、当たり前だろ。ほら見ろこれ!」
トモキは証拠とばかりに財布を見せる。その中身はパンパンに膨れていた。
「……」
頭の中があるものに支配される。俺は無意識に自分の財布の中身を確認していた。
「本当にくれるんだな?」
すぐに気持ちをこちらに戻す。俺はトモキに確認した。
「ああ、答えられたらな」
トモキは財布から一万円札を取り出す。嘘ではなさそうだ。
「よし、じゃあ問題を出せ」
あと一万あれば、ずっと欲しいと思っていたゲーム機が中古でなら買える。俄然気合が入った。
「じゃあ問題だ。『俺が今、一番したいことはなんでしょう?』」
「は?」
「制限時間は三分。スタート」
トモキは二度は言わずにスマホで時間を測り始める。俺は頭の中でもう一度問題を反芻する。
一番したいことは何か? それは本人の気持ち次第で変わってしまうような問いかけだった。
たとえばトモキが今、「ラーメン食べたい」と思っていても、トモキは自らそれを否定することができる。つまり、俺がどう答えようとそれが正解になる可能性はかなり低い。
「…………」
時間は刻一刻と過ぎていく。俺はこの簡単そうで難しい問題を、どう答えることで、トモキの心を動かせるのかを必死に考える。
「あと一分~」
トモキはそわそわし始める。その視線は向かい側の「行列」に向けられていた。
「十、九……」
残り時間はもうわずか。トモキはゆっくりとカウントを告げながら、俺を見る。それはまるで餌を待つ犬のような目だった。
「……マジかよ」
回りくどい奴め……。俺はようやくトモキの言わんとすることが分かった。そして呆れた。
トモキのことを考えれば、そう答えるのはいけないとは分かっている。だがそう思う反面、俺の意識も「行列」に向けられていた。
映画観て、ラーメン食って、ゲーセン行って、本屋寄って、ゲームショップに寄って……。今日考えていたあらゆるスケジュールが塗りつぶされていく。
「トモキ……」
俺はわずかに残った理性で、トモキを、自分を現実に引き戻そうとする。
「赤、金、虹……」
悪魔のような囁きがトモキからした。その瞬間、俺の理性は吹っ飛んだ。
「で、答えは?」
トモキは悪魔のような笑みを浮かべて、俺に答えを求める。
言うな、言うな、言うな、言うな……! その思いとは裏腹に、俺は右手をぐるんと回す仕草を取りながら、こう答えた。
「『一緒に行こうぜ』だろ」
「正解っ! 行こうぜ!」
俺はトモキから約束の一万円を受け取り、意気揚々とした足取りで行列に並んだ。
――だが。
「……あ、あれえ?」
三十分後。一万円は失くなっていた。
二時間後。俺の財布は空っぽになっていた……。




