オーバーフロウ
「久しぶり、ナナコだよ!」
「え?」
「とりあえず風呂入らせて! あと、絶対に見ちゃいけないからね!」
俺の家にやって来たナナコさんは、浴室に入る前にそう言った。
「あ、はい」
俺はうなずき、ナナコさんは浴室のドアを閉めた。
「……あれ?」
シャワーの音がし始めて、ようやく俺はおかしいということに気づく。
「誰だ?」
俺はナナコなんて女性のことを知らなかった。
流されるままに風呂を貸すことになったが、冷静になるとかなり不気味だ。
「あのーナナコさん」
「なに?」
「えっと……湯加減、どうですか?」
何者だ? と聞こうとした俺だったがなぜかそんなことを聞いていた。
「うん、気持ちいいわ。ちょっと狭いけどね」
ナナコさんは鼻歌を歌いだす。俺はその間、ナナコさんがどこの誰なのか思い出そうとした。
「小学校……中学校……高校……」
どれもありえない、もしもいたならかなり目立っていたはずだ。
ならば新手の詐欺だろうか? ……うん、十分ありえる。ナナコさんくらいの人ならば、騙すことにも逆に正当性を感じさせる。
「ねー、一緒に入る?」
などと考えていると、ナナコさんはとんでもないことを言い出した。
「あ、いえ……遠慮しときます」
「うぶだなあ。そんなに見せたくないのか?」
「まあそれもありますけど……」
むしろ逆ですとは、さすがに言えなかった。そうこうしている内に、ナナコさんは風呂を上がった。俺はカーテンをすぐに閉めた。
「さっぱりしたよ。ありがとう」
見た目に似合わず派手な格好に着替えたナナコさんは、俺に礼を言う。
「あの、それでナナコさん」
「何?」
「俺、どこかでナナコさんに会いましたっけ?」
「お前……本気でそんなこと言ってるのか?」
ナナコさんの顔が険しくなる。俺は体を縮こまらせながらも、やんわりと言い返した。
「僕の記憶が正しければ、会ったことはないはずです」
「まだそんなことを言うか! まったく、やっぱりトモユキはサヨコに似ているね!」
また知らない名前が出てきた。だが、それで俺はそれでだいたいのことが分かった。
「ナナコさん、非常に申し上げにくいんですが……」
俺はドアに向かって指をさし、こう言った。
「部屋、間違えてますよ」
「……はあ?」
俺の言葉に、老婆はきょとんと首をかしげた。




