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広異世界の小さな話  作者: 元田 幸介
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美味しいビールに出会う時

 ガキの頃、父親の飲んでいたビールをこっそり飲んだことがある。


 苦いというよりまずい。あまりの気持ち悪さに俺は気を失った。


 それが原因かどうかは分からないが、父と母の仲は険悪になり、俺は母の方へついていくことになった。


 以来、俺はビールに対していい思いはなく、大人になってもビールだけは飲まないようにと心に誓った。


 大学のサークル、成人式、兄貴の結婚式……。大人になった俺は様々な場面でビールを飲む機会があった。それでも俺はビールは飲まず、基本ノンアルコールジュースで乗り切ってきた。



 だが社会人になるとそれは通じなかった。



「おい後輩~! わたしの注いだのが飲めないっていうのかぁ?」


 初めて飲みに誘ってくれのは、二つ上の加賀という女の先輩だった。加賀さんは急ピッチで何杯もビールを飲み、あっという間に出来上がってしまった。

「いや、アルコールダメなんで」

 こういう経験は初めてではない。俺はきっぱり断った。


「いやそんなんいいから、ほれ、ほれ」


 グイグイと体を近づけさせ、加賀さんはすでに持って来られていたジョッキを俺に向ける。


「いや、あの……」


 パワハラで訴えてやろうか……。俺はそう考えもしたが、けっきょくジョッキを受け取った。


 というのも、この加賀さんという先輩は、今はこんなんだが、仕事はかなりできる。万一にでも俺が加賀さんを訴えでもしたら、苦労して入社した会社に居づらくなってしまうような気がしたからだ。


 ――というのはあくまで建前。俺は入社してからずっと加賀さんに対してほのかな感情を抱いていたというのが本音だ。


「じゃ、一杯だけ……」


 それにべつに俺はアルコールそのものに弱いというわけでもない。チューハイや日本酒などは普通に飲める。


 ほんの少し我慢するだけだ。俺は味を感じないよう、ビールを一気に喉に流し込んだ。


「……っ!」


 だが、すぐにジョッキをテーブルに戻した。俺は呆然と半分ほど残されたジョッキを見つめる。


「あ、マジでダメだった……?」


 俺の豹変ぶりに加賀さんはシラフに戻ったかのように心配そうな声を出す。


「あ、いえ……」


 今の気持ちをどのように伝えたらいいか分からない。俺はおそるおそると残ったビールを飲んでいく。


「美味いっすね」


 正直な感想を告げた。


「おっ、なんだイケる口じゃん! ほら、もっと飲め飲め!」


 加賀さんはほっとし、再び生ビールを注文する。俺はそれを嫌がることなく飲み干す。


 子供と大人の舌は違う。俺は今になって初めてビールの美味しさが分かった。



 上機嫌の加賀さんと別れてすぐに、俺は母親に電話した。


「……そうよ」


 俺の問いに、母は気まずそうな声でそう答えた。俺はありがとうと言って電話を切る。



 なぜあの時のビールはあんなにまずかったのか?


 なぜ、両親が離婚したのか?


 なぜ父に会わせてくれないのか?


 なぜ今日のビールはあんなにも美味しかったのか?


 

 ビールを飲んだことによって……いや()()()()()()()()で、俺はすべてを理解した。



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