正義の味方に仮面はいらない
命を救うとは、伊達や酔狂でできるものではない、とても重いものだった。
町を騒がす連続通り魔。男女関係なく襲う、大男のターゲットに選ばれた俺は、命からがら、ギリギリのところで、女の子に助けられた。
「……あの、なんで…………?」
「え、助けられたくなかった?」
戸惑う俺に、彼女は首を傾げて聞き返す。
「あっ、いや……助けてくれたことそのものには感謝しているよ。その、でも……」
俺はちらりと彼女の顔を見ようとする。だがやはり、寸前で目をそらしてしまった。女は何も気にしていない様子だった。
「安心して、殺してないわよ、気失っているだけ」
「……あ、うんそうだな」
彼女を人殺しにしてしまったことを悔やんでいるのかと思ったのか、彼女は大男の背中をこつんと突く。大男は「うひひ」と気持ち悪い笑みを浮かべていた。
「それに万一殺してしまったところで、君が嘆く必要はないと思うよ。だって、こいつは間違いなく、君を殺そうとしたんだから」
真顔でとんでもないことを言ってのけた。
「その、どうして俺が殺されそうだって分かったんだ?」
彼女の闇に触れないよう、俺は話題を変えた。
「お風呂の窓から見えたんだ。だから大慌てで助けに来たわけ」
「それだけ?」
「え、うん。そうだけど」
彼女はきょとんとした顔でうなずく。嘘はついていないようだ。
「なんで……見ず知らずの俺なんかを……」
「誰かを助けるのに、理由っている?」
眩しい笑顔で、彼女はそう答えた。
「……俺は君にとって、『それだけ』の重みがあったのか?」
色んな意味でとても直視できない。俺はうつむきながら尋ねた。
「そんなの分かんないよ。でもキミを助けて良かったって、心底思っているよ」
「そうか……じゃあ俺はその分、生きなきゃいけないな……」
絶対に、彼女の「思い」を無駄にしない。俺はそう誓った。
少しして、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
「事情聴取かぁ、めんどくさいけど、仕方ないなあ」
「い、いやここは俺に任せて!」
慌てて俺は立ち上がり、彼女に叫んだ。
「え、でも……」
「これ以上迷惑はかけられないよ! それに君が捕まるようなことになったら、申し訳ないよ!」
「うーん、正当防衛は成り立つと思うけどなぁ」
「か、過剰防衛に思われるかもしれないから!」
そうこうしている内に、パトカーのサイレンはさらに近づいてくる。俺は心の底から彼女に立ち去るよ
う頼んだ。
「……分かったよ」
ようやく彼女は承諾してくれた。彼女はパトカーの来る方向に背中を向ける。
「それじゃ、またね!」
最後まで陽気な雰囲気を残し、彼女は闇夜に姿を消した。
「またねか……」
そうは言ってくれたが、また会えるかは分からない。せめて、名前だけでも聞いておくべきだった。
「……でも、綺麗だったな」
唯一、覚えているのは彼女の顔……ではなく、俺が彼女を早くこの場から立ち去らせた理由からくるものだった。
大慌てで、彼女は俺のもとに駆けつけた。だから、決してわざとではないのだろう。けれどそれが結果的に、小柄な彼女が、大男の通り魔に「勝てた理由」でもあった。
「……うひひ」
倒れた大男は、これから警察に捕まるのは確定しているにも関わらず、まだ嬉しそうに笑っている。不本意だが、それは俺も同じであった。
「ピンク」
一生、忘れられそうにない色と形だった。