明日もきっといい天気
「天気がいいね……」
当たり障りのない、それでいて確実に「つまらない」話題をしてしまった。
「分かる! めっちゃいい天気よね!」
冷たい反応を覚悟していたが、彼女はすごく良い反応をしてくれた。
「もう快晴って言葉じゃ済まないほど、ただただ絶好の天気よね! こんなにいい天気だと、どんな悩みもバカバカしく思えてくるわ!」
彼女は喋る度にどんどんテンションを上げていく。逆に俺のテンションは下がった。
「そ、そういえばこの間――」
「こんな日は河川敷の土手でバーっとダンボールを使って滑りたいよね? ということで行こっ!」
「え、ちょっ!」
俺の手を引っ張り、彼女は勢い良く走り出す。止まろうと思えば止まれたが、俺は彼女の意志に従うことにした。
「ついたー! じゃっ、あたしダンボール探してくるね!」
俺を置き去りにし、彼女はコンビニの方へ走っていく。
「いい天気か……」
話題に困り、何気なく発した言葉だったが、まさか土手をダンボールを使って滑るなんてことになるとは、予想できなかった。
「……いまさら関係ないか」
もうとっくに終わったことだ。俺はこのまま、自然に身を委ねることにした。
「あったよー!」
彼女がダンボールを持って戻ってきた。俺たちはそのダンボールを上手いこと加工し、滑りに適した形に変える。
「じゃっ滑ろっか!」
彼女はいの一番にダンボールの上にしゃがみ込み、土手の上を滑り出す。
「うひゃああっ!」
今まで聞いたことのない、面白い声だった。
「ほら、はやくはやく! 滑っちゃえ!」
「うん」
悪気はないのだろう。俺は愛想笑いを浮かべ、若干ためらないながらも、滑り始めた。
「うひょひょひょおおっ!」
彼女以上の奇声を放ってしまった。やばい、なにこれ……超楽しい!
「うおおおおおぉつ!」
俺は彼女のことも何もかも忘れ、童心に帰ったように、滑ることに夢中になった。
「よしっ、次は勝負よ!」
「臨むところだ!」
そこからさらにヒートアップ。俺たちは勝負したり、立って滑ったりと、何度も何度も、土手の上を滑った。
「ばかだー!」
「あほがおる!」
道行く通行人に奇異な目で見られたが、全然気にならなかった。
「――ふう。楽しかったあ!」
二時間近く滑り、俺たちは地面に倒れた。
空がいつもより青く見える。風が暖かい。俺は彼女の言うことが分かった気がした。
今日はとてもいい天気だ。
「いい天気で良かったね」
「うん、そうだね」
お日さまの光が心地いい。俺は今日の天気と同じような気分に、ようやくなれた。
「……ありがとう」
横を向いて、俺は彼女に礼を言う。
「どういたしまして。……じゃ、まだ滑っとく?」
「ううん。もう滑らないよ」
「関係、無いんだよな」
一応、俺は彼女に確認した。
「えっ、なんのこと? 楽しいからやっているだけだよ?」
彼女は優しく微笑む。涙が出そうになった。
なんだか急にバカバカしくなってきた。俺はいったい、何に不安になっていたのだろう。
「……そうだね。うん、本当にそうだ……!」
俺は体を起こし、彼女をじっと見る。彼女は黙って俺の言葉を待った。
「えっと……」
声が、裏返る。
「うん」
「俺……馬鹿だけど……無理かもしれないけど……」
心臓が破裂しそうになる。
「うん」
「――絶対に……絶対に……明日もいい天気で迎えるよ」
それでも俺は、はっきりと彼女に宣言した。
「うん。じゃ、最後に験担ぎに……」
彼女は立ち上がり、ぶんと右足を大きく振り上げ、
「あーしたてんきになーれ!」
靴をふっ飛ばした――。
「あーしたてんきになーれっ!」
同じように、俺も靴を吹っ飛ばした。
すーっと心が晴れ渡る。
結果は見ていない。でも俺は、明日をいい天気で迎える自信があった。




