大した理由はないけれど
それはある日突然のことだった。
「お兄ちゃんって呼んでみて」
妹に「お兄ちゃん」と呼ばれたいアキラは、妹にそう頼んだ。
「頭大丈夫?」
妹は心配そうな顔で、アキラを見た。アキラはそれにふつふつと闘志を燃やし、妹にふさわしい兄になろうと、筋トレを頑張った。
「汗くさ」
だが妹、アキラの頑張りを一言で終わらせた。
ならばと次はと、アキラは勉強を頑張った。その甲斐あって、アキラは有名大学に合格した、
「ガリ勉ウケる」
その代償に、瓶底眼鏡をかけることになったアキラを、妹は笑い飛ばした。
これで最後だと、アキラはオシャレを頑張った。
「センス悪っ」
三つ頑張った。だけどすべて、アキラに届かなかった。
「なんで?」
妹決して、アキラを「お兄ちゃん」とは呼んでくれなかった。
「だって、ふさわしくないもの」
理由を尋ねると、妹はそう答えた。
ならば、どうすればいいかと、アキラは当初の目的も忘れ、本気で悩み始めた。
「いや、そんなんじゃない限りは絶対に呼ばないし」
妹は呆れた声を出し、アキラにそう言った。
たった一言、言ってくれるだけで満足できる。それでも妹は、言ってくれなかった。
それからアキラは家を出て、この件を忘れて日々を過ごしていく。そして、結婚した。
「初めまして妹ちゃん」
初めて家に来た日、婚約者カオルはにこやかな笑顔で、妹に挨拶した。
「ええ。初めまして、お兄さん」
「ぶっ!」
衝撃的すぎる言葉に、アキラは耳を疑った。
ずっと言って欲しかった言葉。重苦しい理由はない。ただ単に、言ってほしかった言葉。
「いや、どんな理由でも呼びたくないから」
妹はアキラを一瞥し、新たな兄と談笑を始め出したーー。