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広異世界の小さな話  作者: 元田 幸介
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それが、本業

 俺が大好きでやまないアイドルグループの握手会が、県内で行われると聞いた時には、腰が抜けるかと思った。


 なんとしても握手会に行きたい。俺は握手会当日までの一週間、放課後毎日握手券(CD)をめぐって、いろんなCDショップへ赴いた。


「すいません、売り切れです」

「中古ならありますよ」

 だが、俺が気づいたのが遅すぎたこともあり、どこに行っても握手券は手に入らなかった。

 このままでは、一生俺は彼女と握手ができないかもしれない。最近噂になっている脱退説が俺をさらに焦らせた。


「CD? はい、どうぞ」

 そんな時だった。悩み続ける俺に、幼なじみが握手券をくれた。


「誕生日プレゼント。良いわよねー、このきょ――」

「ありがとう……!」

 涙と鼻水をたらし、俺は幼なじみに感謝した。

「いってきます」


 そして当日、俺は握手会のある会場へと足を運んだ。すでに県内県外から多く人が集まっており、会場内は人で溢れていた。

「みんな、今日は来てくれてありがとー!」

 俺の推しメンアイドルは、感謝の言葉を俺たちに送る。歓喜の声が響き渡った。

「それでは始めます」

 司会のアナウンスによって、客たちは一斉に推しメンの列に並び始める。


「だ、だだだ……大ファンですっ!」


 一時間以上待ち、ようやく俺の番がやってきた。俺は噛みながら、顔を真っ赤にさせながらも、限りある時間をふんだんに使い、彼女と握手した。


「ははは、ありがとー!」

 とても柔らかく、ずっと触っていたい手だった。彼女は嬉しそうに俺に微笑んでくれた。

「終わりです」


 だが、幸せな時間は長くは続かない。「剥がし」のスタッフに強引に手を離され、俺の握手会は終わった。時間にしては、十秒も無かっただろう。


「くそっ!」


 後悔で胸がいっぱいになった。舐めていた……こんなことならもっと必死になって、握手券を集めておけばよかった……!


 俺はがっくりと肩を落とし、会場内を出ていく。そしてそのまま、電車に乗っていた。


 家に着いても俺の気持ちは晴れなかった。


「おかえり、どうだった?」


 しばらくして、幼なじみが部屋にやって来た。


「ああ、最高だったよ。十秒そこらで終わったけどな」


「は? 四分近くはあったでしょ?」


 幼なじみはきょとんとした顔でそう言った。


「嫌味ならやめてくれ。一枚だとそのくらいだよ。せめて、五十、三十枚は買っとくべきだった……!」


「そんないっぺんには無理でしょ」


「その分時間が伸びるんだよ」


「リピートすればいいじゃない」


「使い回しはできねえよ!」


「は?」

「え?」


 幼なじみが何を言っているのか分からない。

「はあ~」

 先に何かに気づいたのは、幼なじみだった。

「信じられない……そっちが目当てだったのね」

「は、なにが……?」

「いいから、ほら!」

 幼なじみは久しぶりに怒鳴り、俺にヘッドホンをさせた。徐々に、耳元に音楽が響き出す。歌、だった。


「…………」

 

 テレビではよく流れている。でも、まともに聞くのは、初めてかもしれない。


 俺はいつの間にか目を閉じ、その音楽の世界に浸っていた。


「ねっ、いいでしょ!」


「……ああ、最高だ」


 俺はようやく、幼なじみがプレゼントしてくれたものが、「握手券」ではなかったということに気づいた。そして、俺がこのアイドルたちを「好きになった理由」を、思い出していた――。

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