時限ラーメン
ある日のことだった。近所にできた大型スーパーに対抗心を燃やすように、俺はあえて寂れた商店街の中にあるスーパーへと向かった。
「いらっしゃいませ」
幽霊のような店員が一人だけいた。俺は早くも後悔を覚えつつも、昼飯を物色した。
見たことのないメーカーのカップ麺がいっぱい並んでいた。俺は恐いもの試しにそれを何個か買って店を出た。
家に帰ってさっそく買ってきたカップラーメンにお湯を注ぐ。
だが、カップラーメンの麺はいつまで経っても柔らかくならなかった。
これはまずい。俺は食べずに捨てようとした。
だがお湯を捨てようとした時、またまた奇妙なことが起こった。お湯はおろか、中身がまったく出てこなかったのだ。
「…………」
お湯の入ったまま、ゴミ袋に突っ込むという選択肢もあった。だが俺はそれをしなかった。
俺はカップ麺を残すことを決めた。
それから数日、引き出しの中に収められたカップ麺はいまだ状態を変えなかった。だが、一週間経った頃、変化が徐々に現れた。
それは麺というよりも、具材のチャーシューにだった。固いままだったチャーシューはついにフニャッと柔らかくなった。だが、取り出すことはできなかった。
まだ食べるのには時間がかかりそうだ。俺はその日が来ることを楽しみにした。
だが、それを楽しみにしていたのもそこから一週間だけ。一ヶ月も経つ頃には、俺はカップ麺のことを忘れていた。
――大掃除をしている時だった。俺は一年前に買ったカップ麺のことを思い出していた。
最近よくする悪臭の原因は、これかもしれない。俺はマスクをしてカップ麺がしまわれている引き出しを開けた。
だが、腐ったような臭いはまったくしなかった。それどころかまだ湯気がふたの隙間から出ている。
俺は中身を確認する。ようやく、半分ほど固さがほぐれていた。だが、まだ中身は取り出せない。
もう捨ててしまおうか? 俺はカップ麺に手を伸ばそうとする。が、寸前で思いとどまった。
「……あと、少し」
少しずつだが変化はある。ならば最後まで見届けよう。俺はそう決めた。
俺はカップ麺を引き出しから出し、毎日目に見える食卓の真ん中に置くことにした。
カップ麺からただようにおいをおかずに、白飯を食べる。気づけば俺は、大好物のカップ麺を食べていなかった。俺の今一番食べたいカップ麺は、こいつだけだった。
一年経って半分柔らかくなったなら、二年経てば完全にほぐれる……俺のその予測は間違いではなく、カップ麺は完全に「ラーメン」になっていた。
――にもかかわらず、だ。中身をカップの外には出せなかった。
さんざん我慢してきてこの仕打はあんまりだ。俺はやけくそになって、自分の口を容器の中に突っ込んだ。
舌が熱くなり、かなり食べづらかったが、ラーメンは俺の口の中に入った。
そのラーメンは、多分普段食べればどうということはない、普通の味。だが二年待って食べた分、特別で格別な味だった。
「…………ん?」
変な体勢のまま、一気にすすろうとしたが、ラーメンは喉を通らなかった。いくらやってもだ。
「おえっ」
仕方なくラーメンを吐き出し、俺は容器から顔を出す。そしてもう一度、麺を箸で取ろうとした。が、やはり取れない。
意味が全く分からない。だが法則はあるはずだ。俺は容器に書かれている「説明」を、もう一度読む。
すると俺は今まで見過ごしていたある文面に気付いた。
「……なるほど」
それを見て、俺はようやくすべてに納得がいった。俺は一度口に入れたことで、もう自分以外食うことのできないカップ麺に、再びふたをした。
別に、それは法律で決まっているわけでもないし、そもそも目安にすぎない。それでもほぼすべてのカップ麺には「同じ」ことがある。
俺は部屋は汚いし、約束の時間にもルーズと、いい加減な人間だ。だが昔から必ず一つだけ守っていたことがある。
俺はそのルールに従い、カップ麺を食べてきた。
俺はその際、中身をほぐすことはあっても、決して容器から中身をこぼさないように心がけた。
「完全に、油断してたな……」
だが今回、俺はあまりに不思議すぎるカップ麺に目をいかせすぎて、すっかりそのことを忘れていた。
どういう現象だとか、そういうことはまったく分からない。だが、このカップ麺が食べられない理由は、とても単純なことだった。
「時間はきっちり、守らなきゃな……」
俺は自らに課したルールに従い、今回のカップ麺は「お湯を入れてから三年間」待ってから、食べることにした。