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五日目 水面の花を見に

ラスト、少し長いです



「……(しん)()?」

「――! そうだよ、兄ちゃん」


 シンがくしゃりと顔を歪めて笑う。

 恭一はシン――慎次の顔を見上げた。

 思い出した弟の面影は、しっかりと目の前の青年に残っている。


「……俺より図体でかくなりやがって」

「あはは。うん、ごめん。……ごめん、兄ちゃん。兄ちゃんの人生、僕が奪っちゃった。僕なんかよりも、もっとずっと短い時間で終わらせちゃった。やりたいことまだまだいっぱいあったよね、死にたくなんてなかったよね。謝ったって許されないって分かってるよ。でもずっと謝りたかったんだ。謝りたかったんだよ。……ごめん、ごめんなさい」


 泣き笑いの顔で、慎次が何度も謝ってくる。

 三日前、慎次に若くして死んで未練はないのかと聞いたとき、彼が変な顔になっていた理由が分かった。

 慎次は自分よりもさらに早く死んだ恭一を想って、泣きそうになっていたのだ。


「まさか死んでから兄ちゃんに会えると思ってなかった。最初、声をかけてきたとき本当に驚いたんだよ。兄ちゃん、僕の記憶の中とも家にある写真とも変わってないし」

「それは幽霊だからな」

「そうだよね。……ねえ兄ちゃん、僕のことやっぱり恨んでる? 怒ってる? だから成仏出来ないでずっとここにいたの? だったら僕、なんでもするから。どんなことでもぜったい……」


 恭一は力一杯息を吐き出して、ピンと指先まで伸ばした手の側面を慎次の脳天に振り落とした。


「いってぇ――――っ!」

「この馬鹿! 恨んでるわけないだろうが。そもそもお前が謝る必要性がどこにあんだよ。あのときは、車が向こうから勝手に突っ込んできただけだろう」


 頭を抱えて悶絶する慎次に言い捨てる。

 恭一は腰に手を当てて、深々と溜め息をついた。


「いまさら遅いかもしれないけどな、俺はお前を助けたことで後悔なんか一つもしてないし、そのせいでお前に重いもん背負わせたこともぜったい謝らないからな。そりゃあ、なんのフォローもせずに死んだことは悪かったけど、お前は負い目なんて感じる必要はないんだ。幸せになって良かったんだよ、慎次」


 ずっとずっと、恭一は慎次にそう言ってやりたかったのだ。

 叩かれたショックで呆けていた慎次は、恭一が言い終えてからじわじわと意味を噛みしめてきたのか、ぼろぼろと泣き始めた。


「泣くな、馬鹿。ガキか」

「うっ、だって、兄ちゃんのせいだぁー」

「はいはい。というかお前、成人過ぎてるんだろ。その甘えた、気持ち悪いぞ」

「ううー、……いつもはもっとちゃんとしてる。これでも、みんなから頼りにされてたんだから」

「そうは見えねーけど」

「兄ちゃんの前じゃあ、いつだって僕は弟なの!」


 どんな理屈だと思うが、泣いて赤くなった慎次の鼻が、マフラーにうずめていた子供の頃を思い起こさせて、あまり深く責める気になれない。

 恭一は諦めの息を吐いて、苦笑した。


「それで、慎次。いい人生だったか?」


 恭一の問いに、慎次は目をパチパチさせた。

 そしていつものようにへにゃりと笑う。


「いい人生だったよ。あんまり長くはなかったけど、悲しいことも辛いことも、嬉しいことも楽しいことも、いっぱいあった。挫折しそうになったこともあったけど、みんなに助けられてここまでこれた。兄ちゃんのおかげだ。ありがとう」


 恭一が心配する必要もなく、ちゃんと慎次は兄の死を乗り越えていたようだ。

 そのことにほっと安堵して、恭一も笑い返す。

 だが、もう一つ懸念が残っていた。


「それにしてもお前、風邪で死ぬとか阿呆だろ。兄弟ふたり揃って先に死ぬって、どれだけ親不孝してるんだよ」


 残された親を思って嘆いた恭一だが、慎次はけろりとした顔で首を振った。


「父さんと母さんなら、玉突き事故に巻き込まれて二年前に死んでるよ」

「はあ!?」


 驚愕の声を上げる恭一に、慎次は「そのときは僕、一緒じゃなかったんだ」と言う。


「だから僕、二十歳にして天涯孤独。風邪引いても看病してくれる人がいなくて、病院行くのを面倒くさがってるうちに手遅れになっちゃったんだよね」

「つまり一家断絶? どれだけ運のない家族だよ」


 怒りや悲しみを覚える以前に呆れが勝り、やはり恭一は溜め息を吐き出した。

 少し不安げにこちらを窺う慎次に、苦笑して手を差し出す。


「まあ、しょうがないな。じゃあ慎次、一緒に帰るか」


 両親まで河の向こう側にいるというのなら、いっそいまのふたりにはそこが帰る場所ということでいいだろう。


「でも、兄ちゃん。未練は?」

「ないよ、そんなもん」

「え?」

「いいから、さっさと行くぞ」

「う、うん」


 生きた年数と見た目だけは年上になった弟の手を引いて、恭一は一歩踏み出した。




 あの世との境にあるという河に花火が咲くことはないかもしれないが、そこに咲く花もきっと綺麗だろう。

 一緒に歩く弟に、いち早く見つけて教えてやろう。

 きっと昔のように瞳を輝かせて笑ってくれるはずだ。


完結です。

お付き合いくださり、ありがとうございました。

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