四日目 夜
遠くから祭り囃子が聞こえ、公園に向かう人で歩道はいつになく賑わっている。
朝顔が咲く紺地の浴衣。たくさんの下駄の音。跳ねるように歩く子供の浴衣には、同じようにぷっくりと太った金魚が跳ねている。鼻緒で痛めた足に、すでに泣き言をいう声も聞こえてきた。
「恭ちゃーん!」
人混みに紛れて、シンがぶんぶんと手を振る。
恭一は溜め息を呑み込んで近づいた。
通行人の邪魔にならないように端による。
「良かった。来てくれた!」
「気が向いたからな」
適当に答えて、恭一はいつものように欄干に寄りかかった。
玩具なのか、子供が振り回す真っ赤な提灯の明かりが、恭一のいつもの学ランに一瞬だけ彩りを与えた。
通過場所でしかない橋に留まる人はいなく、陽がとっぷりと沈む頃には、当然周りには誰も居なくなった。
「いいのか? あんたは公園にいかなくて」
「いいの、いいの」
「だけどこっからじゃ、花火は見えないだろう」
会場との高低差と周りに立ち並ぶ住宅に、この場所からは花火の音は聞こえても、その姿を見ることは出来ない。
だからここには、誰も立ち止まる人が居ないのだ。
シンはすこしだけ表情に寂しそうな色を乗せ、「いいのー」と呟いた。
両腕を欄干に乗せその上に顎を置く。
「確かにこっからは花火見えないけどさ、ちょうどあの辺」
そう言ってシンが川の先を指差したとき、ドンと腹に響く重低音が辺りに響いた。
シンの指先を見ていた恭一の目に、華やかな花が咲いた。
「あ、花火」
「でしょでしょ! こっからは花火の本体は見えないんだけど、水面に映ったのが見えるんだ。僕と兄ちゃんの特等席ー。昔、兄ちゃんに教えて貰ったんだ」
シンはいつも、本当に嬉しそうに兄のことを語る。
「綺麗だねー」
「ああ」
音の数だけ、かすかに水に揺れる花火が咲き、辺りが明るくなると一瞬だけ川に欄干や街灯の影までも映る。
その光景は、恭一の頭の中のなにかを刺激してくる。
音と景色に誘発されて、なんだかすっかり忘れていたことを思い出しそうな、そんな懐かしさを感じた。
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