四日目 昼
次の日の昼、橋の上に行くと、シンが盛大にむくれて恭一を待っていた。
「どうして昨日の夜、来てくれなかったのさ」
子供のように駄々を捏ねる青年に、恭一は本気で頭痛を覚えて溜め息をついた。
「そんなもん、俺の勝手だろ」
「でもさぁ」
「そんなことより、花火って今日だろう。本当にいいのか? 誰かに会いに行ったりしなくて」
「本当にいいんだって。僕は恭ちゃんと話したいの」
機嫌を拗らせたままのシンが、縁石の上に乗って歩き始める。
両腕を水平にし、膝を伸ばしたまま五歩ほどをひたすら往復する。
すぐ真横を車が通るが、シンは気にする様子もない。生前の本能はどこへいったのか。
よくいままで、事故死しなかったものである。
縁石にいるシンと、欄干に寄りかかる恭一の間を子供が走り抜けていった。
虫取り網を持った男の子の後を、虫取り籠を持った妹らしき子が必死に追いかけている。
橋の終わりで数人の子供たちが兄妹に向かって手を振っていた。
「虫取りかぁ。僕も小さい頃、兄ちゃんとよくやったなぁ」
「ふーん」
ちりちりと、首の後ろで痛みがする。
日焼けでもしたのかと手を伸ばすが、指は学ランの立ち襟に触れるだけだ。
「俺にも弟がいるぞ」
「え!?」
「八歳になるんだけど、いまだに俺の後を追っかけてくるんだよな」
恭一のいない場所では案外しっかりしているらしいのだが、小学三年生にもなって、いまだどこか甘えん坊な弟だ。
「へー、そうなんだ! ねえ恭ちゃん、その弟可愛い?」
「鬱陶しい」
「えー!? なんでさっ、弟は可愛いでしょ! 大好きでしょ?!」
自分のことにでも置き換えているのか、必死に言いつのるシンに肩を竦めて見せた。
シンはそんな恭一の顔をじっと見つめて目をパチパチさせると、へにゃっと笑った。
「まあいいや」
「なにが」
「恭ちゃんの顔が優しいから満足」
「は?」
訝しむ恭一に、シンはにこにこ笑った。
いつの間にか機嫌は直っているらしい。
「変な奴」
「へへっ」
溜め息交じりに言われても、彼はまったくへこたれない。
「ねえ、恭ちゃん。今日の夜はぜったいここに来てね。ぜーったい来てよ」
「はいはい」
「約束だからねっ!」
「分かったよ」
今夜はシンが成仏しない理由だという花火だ。
明日からはもう、この脳天気な幽霊はこの橋にいない。
勝手な約束など守ってやる義理はないが、今日くらいは素直に会いに来てやってもいいかもしれないと思った。
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