三日目 昼
翌日の昼間、やはりシンは橋の上にいた。
「あんた、他の場所に行かないのかよ」
「行かないよ。だってここにいれば、また恭ちゃんに会えるかなって思って」
「……他の奴に会いに行けよ」
「行ったって、どうせ誰も僕の姿見えないしー」
それもそうだ。
現にいまも、アスファルトの上に座り込むシンの横を、男性が一瞥もなく通り過ぎていく。
男性に連れられた犬だけが、こちらを見て鼻に皺を寄せて唸っていた。
「犬ってやっぱり人間より霊感あるんだね」
「みたいだな」
「僕、犬って苦手なんだよね。昔、噛まれたことあってさ」
「どうせ、変なちょっかい出したんだろ」
「せいかーい。ピーピー泣いてたら兄ちゃんが飛んできて頭引っぱたかれた」
「ひどい兄貴だな」
「噛まれたって言っても、ちょっと強めの甘噛みだったし、僕が犬の尻尾を思いっきり引っ張っちゃったのがいけないし」
「いっそ思いっきり噛まれれば良かったのに」
「あはは、あの時もそう言われた。兄ちゃん犬好きだったから。でも、僕が泣き止むまで噛まれたところ擦っててくれたんだ」
懐かしそうに笑って、シンは肘の少し下あたりを擦る。
歯形はないがそこが昔噛まれた場所なのだろう。
「あ、恭ちゃん見て! 笹舟」
急にシンが川面を指差して叫ぶ。
誰が作ったのか、上流から葉鞘を葉身に刺しただけの簡単な笹舟が流れてきていた。
ゆらりゆらりと流れに身を任せ、笹舟は水面を優雅に滑る。
笹舟を追いかけたシンが、車の通る道路を遠慮なく横断して、下流側の欄干から身を乗り出した。
恭一は、車の途切れるタイミングを見計らってその後を追う。
「恭ちゃん」
「どうした」
口をへの字にした情けない顔で、シンが振り返ってくる。
「笹舟、沈んじゃった」
見れば水面のどこにも小さな船の姿がない。どこかでバランスを崩して沈んでしまったらしい。
「まあ、しょせんは葉っぱだからな」
「えー」
不満たらたらなシンに、恭一は川岸を指差した。
「ほら、鳥が行水するみたいだぞ」
「本当だ! ちっこいのも居る。親子かな」
すぐに興味を逸らされた青年に、恭一は内心でちょろいなと思った。
はしゃぐシンの隣で、恭一は水面に反射する光に眩しさを覚えて目を細めた。
目の中できらきらと光が瞬く。頭の中で光の粒が弾けるような違和感がまるで頭痛の前兆のようで、恭一は小さく息を吐き出した。
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