初日 夜
全9話、予定。
さらさらと静かに流れる川はあまり表情を変えない。
それなりの水量があって、幅は二十メートルほどか。透明度は限りなく低く、ときどき釣りをする人がいるが、間違っても釣れた魚が食べられることはないだろう。
川沿いにずらりと植えられた桜はとうに花盛りを終え、いまは活き活きとした緑の葉を繁らせていた。
川を渡る二車線道路の橋は、両脇に広めの歩行者通路が設けられ、人通りも車通りもそこそこに多い。
だがそれは昼間の話である。
住宅街にほど近いこの橋は、夜になるとぐっと人気を失った。
立てられた街灯はそれなりの間隔を空けて設置され、眠りに落ちた街の邪魔をしない。
恭一はふらりと足を向けた橋の上に、青年が立っているのを見つけて目を丸くした。
正しくは、橋の欄干の上に立っている青年である。
足の裏の幅くらいしかない手摺りに立って、青年は両手をジーパンのポケットに突っ込み、恐れもなく川を覗き込んでいた。
「あんた、死にたいのかよ」
思わず声をかけると、青年は驚いたように振り返った。
恭一よりは五歳ほど年上だろうか。少なくとも二十歳は超えているだろう。
Vネックのランニングに半袖のチェックシャツ。髪はあまり派手な色ではないが、生え際が少し伸びて地毛が見えてしまっている。
対して恭一は高校の学ランだ。こんな夜中の時間帯では、彼の姿は闇に溶け込みそうなほど真っ黒なことだろう。
青年は恭一を見て、ぽかんと口を開けた。目も力一杯見開いている。
恭一は眉を寄せ、胡乱げに青年を見上げた。
「死ぬ気がないなら下りろよな。危ないだろ」
変な奴に声をかけてしまったと後悔しながらも、とりあえず忠告する。
このまま目の前で川に飛び込まれても困る。助けに行くのは面倒だ。
青年は二度瞬きをし、身軽に欄干から飛び降りると恭一に向かってへらりと笑った。
「大丈夫。僕、もう死んでるから」
「は?」
やはり変な奴だったのか。
恭一は自分でも分かるほど露骨に顔を歪めた。
「俺をからかってんの? 馬鹿にしてんの? それとも本当に頭がおかしいの」
「うわっ、ひでぇ。本当なのに」
青年は可笑しそうにケラケラと笑う。
恭一は溜め息をついて、さっさと退散することにした。
「ねえ、明日も会える?」
後ろから追いかけてくる声には無視を決め込んで、歩きながらもう一度溜め息を吐き出した。
次話 明日14時更新