第七章 2枚の絵(1)
トン、と肩を叩かれて、萌子は読み耽っていた文庫本から顔を上げる。
久志のすまなそうな笑顔が、そこにあった。
「お待たせ」
そう言って萌子の向かいに腰掛けた久志は、
「ふぅ」
と小さく息を吐いた。
もしかしたら、駅から走って来たのかもしれない。そういうところに久志は妙に律義で、生真面目だった。
「ごめんな。出掛けに捕まっちまって」
「ううん。そんなに待った訳じゃないし」
萌子はそう言って文庫本を鞄にしまいながら、
「誰に捕まってたの?」
「ん? ああ。一年生の、秋月さんに」
「……そう」
萌子はそう頷いて少し表情を曇らせた。
「あの娘、やけに熱心だよな」
手を焼いた、といった風に久志が肩をすくめてみせる。
「熱心、て言うよりちょっとしつこいでしょ」
あの娘の態度を『熱心』と評してしまうあたり、やっぱり久志は人が良いというか、少し『鈍い』ところがあるような気がする。萌子はそんなことを思った。
「あの娘、先生のこと好きなのよ」
興味深げにテーブルの上にあるポップのメニュー表を眺めていた久志は、その姿勢のままで、まるでカラクリ人形のようにギクシャクと萌子の方を向いた。
「……何だって?」
その仕草があまりに可笑しくて、萌子は思わずふてくされた顔のまま吹き出した。
「……ま、先生が気づいてないのなら、問題ないけどね」
久志と過ごす学園生活は、以前と何も変わっていなかった。
いくら人前では親しく出来ないと言っても、廊下ですれ違えば会話も交わすし、週に2回の美術の授業の時も全く話さない訳にはいかない。それに、放課後美術部に顔を出せば必ず顔を合わすのだ。仲の良い教師と生徒、という構図は変えようがなかった。
変わったのは、学校の行き帰りを共に過ごすことが出来なくなったことぐらいだろうか。
逆に、こうして二人だけで過ごす時間が追加された。メールでのやり取りも増えた。
全てが順調なはずだった。
こうして久志と向かい合っても、もうむやみに緊張することはない。その代わり、久志と逢えない時間がやけに長く感じ、悪戯に不安を覚えることが多くなった。
一つ安らぎを覚えれば、すぐにその次の安らぎを求めたくなる。萌子は、自分の中で突然暴れ出した独占欲を、不思議な思いで見つめていた。
「ブレンド、1つ」
観葉樹の陰に隠れて立ち尽くしていた従業員に手を挙げて合図を送ると、久志はそう注文を口にした。
1月11日、水曜日。3学期の始業日から、6日ほど経っていた。
ここ『グリーンヒルホテル尾道』は、萌子が小学生の頃に尾道駅前の再開発と共に建てられた、比較的新しいホテルだ。
本四国連絡橋の全面開通に伴い、尾道駅前は古ぼけた駅舎を除いて小奇麗に改装された。丸いドーム型のしまなみ交流館と海際に建つこのホテルはその中核を成すもので、出来た当時は一際目立ったものだ。
それも今はすっかり尾道の風景の中に溶け込み、この街を訪れる観光客を優しく迎え入れている。
時刻は、午後6時を回ったところである。二人の周りには、毛布にくるまれたような優しく穏やかな時が流れていた。
ホテルの2階にあるロビーは人影もまばらで、平日のせいか、それともこんな中途半端な時刻のせいか、フロントに立ち寄る人もなく閑散としている。窓辺に設けられたラウンジにも、客は萌子たちともう1組の観光客しかいない。
窓から臨む尾道水道は、深い闇に包まれていた。対岸にある造船所の明かりが、より一層輝きを増す。その輝きを受けて水面が小さく揺れた。
「この、甘ったるい匂いは、何?」
コーヒーが運ばれて来て一息ついた久志は、いまさらのようにクンクンと鼻を動かした。
久志が言う通り、ロビーを甘ったるい香りが満たしている。奥にある洋菓子店『ナチューレ』のシュークリームの匂いだ。
『おのみち 坂のシュークリーム』
と名づけられたそれは、尾道では名の知れたこの店の名物で、萌子も時々家に買って帰ることがある。
その店に寄る以外に、地元の人間が立ち寄ることはほとんどない場所だった。久志に見せたいものがあるという理由の他に、萌子がここを選んだもう一つの理由が、それだった。
帰り道に久志と逢うのは今日が2回目だ。先週の土曜日、まだ日が高い時刻に二人はメールで示し合わせ、時間差をつけて美術室を後にした。そうして尾道駅前のミスタードーナッツで落ち合った。
秘密の逢瀬は、萌子にドキドキするような緊張感を与えてくれたけれど、その一方でやはり誰かに見られているのではないかと気が気でなく、せっかく久志と二人きりなのに、彼女はちっとも集中出来なかった。
この前の日曜は、二人で三原へ買い物に出かけた。
三原は尾道から電車で2駅離れたところにある、福山ほどではないがそれなりに大きなショッピングモールがある街だ。
周囲の目を気にしなくても良いという事実は、二人をずいぶんと楽な気持ちにさせた。二人はショッピングを楽しみ、港までの散歩を楽しんだ。久志は意外と話好きで、やっぱり無邪気だった。
尾道の街を連れ添うのさえためらわれる、そんな関係が疎ましく思えることもある。まだ始まったばかりなのに、いきなりこんなことになって先行きが不安になることもあった。
けれどもそれ以上に今は、彼ともっと何かを共有したいという渇望が彼女の心の中を凌駕し、喉の渇きのように萌子を貪欲に突き動かしていた。
「シュークリームの匂いよ。奥のケーキ屋さんで売ってるの」
萌子がそう告げると、
「ふ〜ん」
と久志は興味深げに頷く。
「結構美味しいんだ。人気あるし」
「へぇ」
と久志は軽く奥を振り返って、
「まだまだこの街のこと、知らないことがあるんだな」
と呟いた。
「もっと知らなきゃ、な。これからもずっと住むんだし」
「……え?」
「あの話、正式に受けて来たよ」
そう言って久志は目を細めて微笑んだ。
あの話……。クリスマスの日、仄暗い福山城の天守で聞いた話。萌子はすぐに察しがついた。
「じゃあ、4月からも?」
「うん。とりあえず、君が卒業するまで。よろしくな」
不意に、胸がキュンとなる。そのほとんど突然と言っていい胸のときめきに、萌子は戸惑い視線を逸らして俯いた。
先生とずっといられる。この街で。
まだ手を繋いだこともない間柄なのに、萌子は一瞬そんな途方もない想像で悪戯に胸の内を掻き立てた。
「でも……」
「ん?」
一瞬頬を染めかけてすぐに表情を曇らせた萌子の顔を、覗き込むように久志は小首を傾げて見せる。
「先生は、ホントにそれで良いの?」
「え?」
「だって先生は……」
『これ、こんな片田舎に放っておく腕じゃないわよ』
いつか、朋美がそう唸った声を思い出す。本当なら出逢っているはずのない人。こんなところで燻っていてはいけない人。
「だって先生は、ホントは先生になりたかった訳じゃないでしょ?」
あたしのために。萌子はそこまで自惚れるつもりはなかった。けど、ほんの少しでも久志の心を自分が引き留めてしまっているのだとしたら……。
久志はすぐに、萌子が発した言葉の意を解したらしい。彼は気遣うように柔らかく微笑むと、
「ちゃんと、描くよ」
と頷いて見せた。
「まだまだ自分では納得出来ていないんだ。納得して、そしたらちゃんと先のことも考える。校長にもそう話した。だから、とりあえず臨時講師のままで、てね」
いつか。そう言いさして、久志は何かをためらった。
「ま、とりあえず君が卒業するまでは一緒だ」
無理をするような明るい声だった。久志は自分に言い聞かせるように頷いて、
「それまで、君がもし美大を受ける気があるなら、手助けすることは出来るよ」
「うん……」
「本当に、美大受ける気はないの?」
それは3日前にも1度訊かれたことだった。その時は思わず笑い飛ばしてしまったのだけれど。
こうして久志との距離が近くなって、萌子はまた絵に対する情熱を少しずつ取り戻して来たように感じていた。実力、は判らない。そもそも系統的な絵画に対する指導を、萌子はこれまで1度も受けたことがないのだ。あまりに独学で、その割にこれといって特徴のない画風。そりゃ素人よりは上手いだろうとは思っていたけれど……。
「萌ちゃんの絵は」
久志の中で彼女の呼称は『萌ちゃん』と決まったらしい。年が明けてから、彼は萌子のことをそう呼んでいる。
小さい頃から近所のおばちゃんにはそんな風に呼ばれ続けているけれど、年の近い男性にそう呼ばれると、萌子はどうもくすぐったい感じがした。
「確かに人の目を釘付けにするような激しい個性がある訳じゃないけど、温かみがあって柔らかで、いつの間にか人の目を引くような、いつまでも見つめていたくなるような、そんな絵だと思うよ」
特徴がない。3日前に萌子がそうぼやいた時、久志は一言『それも個性だよ』と優しく反論した。その時足りなかった言葉を補足するように、久志は萌子を諭してみせた。
「それに、君の技術の高さは自信を持って良いと思う。お母さんの、血を引いてるんだね」
母を引き合いに出されて褒められると、どうしようもなく反発してしまう。そんな自分のひねくれた根性が萌子にはかえって歯痒かった。素直になれずに、萌子はつい顔を背けた。
視線を逸らした先に、1枚のパステル画が飾ってあった。描かれているのは対岸の向島の風景だ。季節は春で、山桜の薄いピンクや新緑の黄緑が淡く鮮やかに山肌を彩る。まるで、訪れる春をキャンパスいっぱいで喜んでいるような絵だった。
『際立った特徴がないそのスタイルは、これといった名所旧跡を持たない尾道の街とよく似ている。けれども、その街が多くの人に愛されて止まないのと同じように、彼女の描く世界もまたいつの間にか人を惹きつけ、心の中にそっと染み込んで来る。それはその絵の持つ暖かさだとか優しさだとかが、知らず知らずの内に観る人の心を穏やかな気持ちにさせるからなのだろう』
玲子が画集を出版した時、とある評論家がそんな文章を寄稿した。それは、母の絵を端的に表した評論だった。
今でも、母の絵には強く憧れる。そんな母の絵と同じような感想を得ることは、少しこそばゆいような感じがした。
母には及ばなくても。同じ道を辿ることが、私にも出来るのだろうか……。
「先生」
「ん?」
「これ、母の絵なんです」
「え?」
今日、ここに来て一番言いたかった台詞を口にして、萌子は小さく俯いた。そんな彼女の様子を気遣うことなく、久志は壁に掛かった絵を見上げて小さく唸った。
「へぇ。凄いな、これ。何だか、春が踊り出すみたいだ」
邪気のない瞳でその絵を見つめた久志は、独特な言い回しでそう表現してみせてから、
「逢ってみたいな。君のお母さんに」
「えっ?」
それは、趣旨を取り違えればとても意味深な台詞だった。そして萌子は、ものの見事にその意味を取り違えた。
いきなりぶわっと顔を真っ赤にして俯いた萌子を見て、久志は驚いたようにオロオロし始めた。
「どうした?」
「……何でもない」
「何でもないって……だって、顔が真っ赤だぞ。熱でもあるのか?」
いくら何でも、そんな急激に発熱するはずがない。
(もぅ。ニブチンなんだから)
そんな突拍子もない発想を悟れという方が無理な話なのだが、萌子はとにかく恥ずかしくて心の中で久志にそう八つ当たりした。
久志の台詞に他意がないことはすぐに判った。判ったけど、だからといってすぐ動悸が治まる訳ではない。萌子は俯いたまま、軽く深呼吸をした。
「大丈夫、です」
一瞬、居たたまれない気まずさが漂った。会話の糸口を探るように視線を動かしながら、萌子は、
(あぁ、あの時みたいだな)
と思い返していた。
あの『都わすれ』でのひとときを。
「あ、そうだ」
結局またあの時と同じように、取って付けたようにそう切り出したのは久志の方だった。
「写真、持って来たよ」
「え?……」
「ほら、元日の。御袖天満宮で写したヤツ」
そう言って久志は、鞄から1冊のミニ・アルバムを取り出した。
元日の午前中。
家族とのひとときを過ごした後、萌子は長江町にある祖母の家から久志の家に向かった。
祖母に着付けてもらった、淡いピンクの振袖を着て。
紙の手提げ袋には、こっそりと祖母が作ったおせちを忍ばせていた。
千光寺山の麓を回り浄土寺の境内の脇道を上がるまでのあいだ、小さな路地を一つ曲がるたびに萌子の心はワクワクとした気持ちで少しずつ膨らんでいった。
あの秋晴れの日、『都わすれ』へ向かう道すがら感じた、何かが始まる前のような期待感。あの時と同じようでいて、けれどもあの時とは何もかも違うような気がした。
あれから何度も疑った久志の気持ち。そして自分の想い。
路地を行く足取りさえ、ゆっくりと確かなものに変わったような気がする。もっともそれは、履き慣れない下駄のせいもあったのだけれど。
「おっ」
ドアを開けて顔を出した久志は、少し意外そうに小さく声を漏らした。驚かそうと着込んで来たくせに、萌子は途端に恥ずかしくなって、
「おばあちゃんに、着せてもらったの」
そう言って俯くのが精一杯だった。
久志は何も言わなかった。『綺麗だ』とも、『よく似合ってる』とも。ただ目を細めて微笑んでいるだけだった。
女の子が喜ぶようなことを言える人じゃない。それがちょっぴり物足りなくもあり、そんな久志の不器用さに萌子は親近感を覚えもした。
部屋の中は案外片づいていた。一般的な『男の一人暮らし』しか想像出来なかった萌子は、少し意外に思った。
「先生、結構綺麗好き?」
「何で?」
「ううん。思ったより片づいてるなって思って」
「失礼なやっちゃな」
久志はそう苦笑した。
「大掃除くらいは、やったさ」
「ホントですか? 実はこっちの部屋に洗濯物の山が詰め込んであるんじゃないですか?」
萌子がそう悪戯っぽい疑惑の視線を向けると、
「そんなことないさ」
と、久志は変に胸を張ってみせる。
「何なら、開けてみたら?」
「……いいの?」
久志の妙に自信ありげな、何かを企んでいるような態度が気になったけれど、萌子はその先への好奇心をかえって掻き立てられて、ついその取っ手に手を伸ばしてしまった。
「……先生、これ」
がらんとした部屋の窓辺に、キャンパスが一つ置かれていた。
窓には薄いレースのカーテンが引かれていて、その先の景色は見えなかったけれど、キャンパスの上の描きかけの風景がその窓からの眺望であることに、萌子はすぐに気づいた。
その部屋は、中学生の頃に萌子が薫とよく過ごした部屋だった。夕暮れ、尾道の街に夕日が沈むまで。そこからの景色の美しさを、萌子は誰よりもよく知っている。
『尾道が一望出来る部屋』
そういえば、久志はそうリクエストをしてこの部屋を紹介されたのだった。
丹念に、少しぼかし気味に描かれた尾道の雑多な街並み。まだデッサンの段階だけれど、その絵からはこの街の柔らかくて優しい面差しが滲み出るように伝わって来る。
上手い。素直にそう思った。
その精密な筆使いに、萌子は息を呑んだ。この絵がどんな風に仕上がるのだろう。狂おしいほどの期待を、その絵は萌子に抱かせた。
「この窓からね」
立ち尽くした萌子を見て、自らの企みに満足した様子の久志は、そう言って萌子の背後に立った。
「朝な夕な街を眺めていると、不思議なくらい落ち着くんだ。穏やかでゆっくりとしていて、とても優しく僕の心に触れて来る。やっと」
やっと。そう言いさして、久志はその言葉の感触を噛み締めるように一瞬黙り込んだ。
「やっと、自分の居場所を見つけたような気がする」
柔らかな微笑みを浮かべた横顔に不釣合いな切ない響き。萌子は、ハッとして久志の顔を見上げた。自分の父親を語る時の、彼のあの物憂げな横顔を思い出しながら。
「あ、いや。少し大げさかな」
萌子の物問いたげな視線に、久志は少し慌てたように急いで照れた笑みを浮かべて、
「別に家が居どころ悪かった訳じゃないよ。そんなに不幸な人生だった訳でもないし。た だ……」
「え?」
「ここ何年か、ずっと考えていたんだ。僕はどうしてここにいるんだろうって」
やっと。そう言いさして、彼はまたしばらく黙り込む。
「この街に来て、君と出逢って、やっとその意味が判った気がする」
それは、とても遠回しな告白の言葉だった。鈍重な二人はしばらく経ってからそのことに気づいて、そっと耳まで赤くなった。
おせちはおろか雑煮すら食べていないという久志に祖母お手製の料理を見せると、彼は途端に目を輝かせた。
「旨そうだなぁ。今年の正月は、食い物だけが不満だったんだ」
そう言ってから、久志は何か問いたげな目で萌子を見た。
「残念ながら、正月料理のレシピはまだ引き継いでおりません」
済ました顔で、萌子はそう頭を下げてみせる。
「ほう。じゃあ、他の料理はちゃんと教わってるんだね」
「……え?」
「楽しみにしてるよ、そこで作ってくれるのを」
久志はそう言って、彼の背後にあるキッチンをあごでしゃくって示してみせた。
「じゃ、それまでにきちんと片付けておいてくださいね」
「大丈夫。俺、ガス台に薬缶しか置いたことないから」
本当は、すごくドキドキしていた。心臓が破裂しそうなくらいに。
久志は、自分の台詞がどんなに萌子の心を掻き乱しているのかも知らずに、ケラケラと笑っている。萌子は拗ねたように久志を軽く睨みながら、今にも飛び出して来そうな心臓を必死になだめていた。
それから、二人で御袖天満宮に初詣に行った。
穏やかな年の初めだった。まだ午後浅い時刻なのに、日はすでに西に傾き始めている。木立の合間から射すたおやかな光が、二人を優しく包んだ。
「写真、撮ろうか」
そう言い出したのは久志の方だった。二人はコンビニに寄って、1番枚数の少ない12枚撮りのインスタント・カメラを買った。
元来、萌子は写真が苦手だった。映るのが恥ずかしいから、学校の行事も集合写真に写ったものくらいしか残っていない。
ましてやそれを久志の撮ってもらうなんて。いろいろ注文をつけて来る久志に大人しく従いながら、萌子は緊張して体が上手く動かなかった。
「誰かに撮ってもらおう」
何故だか判らないけれど、この日の久志は妙に積極的だった。
手の甲を5cm離して並んで立ち、ぎこちない笑顔を浮かべて、そうして二人は幸せそうにスナップ写真に納まった。
もう一度、あの時のように。
ホテルの入り口で久志と別れて、少し時間差をおいて夕闇の街へと歩き出した萌子は、ぼんやりとそんなことを思った。
せめて尾道の街だけでも、久志と並んで歩きたい、と。