ナイフ
カタカタとなり続ける窓を開くとひやりとした風が吹き込んできた。ここ数日は猛暑が続きで部屋に籠っていても溶けそうだったけれど、太陽どころか雲の隙間も見えないこの天気なら散歩も快適にできそうだ。今日の予定を考えながら食パンと卵を焼いてエッグトーストにする作業に取り掛かった。付け合わせもと考えたけれど冷蔵庫の中身はほとんど空っぽ。ついでに食料も買わなくちゃ。
店の入り口をくぐると血の気のある声が聞こえてきた。
「よう、カズ。久しぶりじゃねえか!」
ムっさん。食べ物とか日常雑貨とかいろいろな物が売ってるお店の店員。ちょっとうるさいけどいい人。僕とは違って筋肉質でガタイがいい。胸には大きなナイフが、あと小さいのも何個か刺さっているけれどこの街じゃ普通。ボクには刺さってないけど、街の人は大きいのが刺さってたり小さいのが刺さっていたりする人が多い。あとムっさんは左手の薬指に指輪をしている。それらしい人に会ったことは無いし本人に聞いたことも無いけれど、面倒見のいい性格だしいい歳だから結婚してても別に驚くことじゃないよね。
「相変わらずヒョロヒョロしてんな。ちゃんと肉食ってるか肉?」
「そういうムっさんは野菜食べなよ。好きなものばかり食べてたら病気になっちゃうよ」
「いいんだよ俺は。どうせ中年の独身男だからな、気を遣う相手なんて居ないもんよ」
ニヤリとしながら彼はそう言い切った。でもそれならその指輪は? 僕がその疑問を口にする前に店の電話が鳴り出した。
「へい、ディスカウント野田です。はい? すみませんが、間違い電話じゃねえでしょうか? へい野田は俺ですが…… 妻も何もそもそも俺は結婚なんて……」
甲高い金属音が聞こえた。振り向くと受話器を持ったムっさんの胸元からナイフが落ちていた。
「なんだ……こりゃ……?」
ムっさんの胸元からは血があふれ出していた。何が不思議なんだろうか、刺さったナイフを引き抜けばそうなるのは当然なのに。
太陽の差し込む窓を開くとひやりとした風が吹き込んできた。ここ数日は猛暑が続きで部屋に籠っていても溶けそうだったけれど、そろそろ食料も切れてしまいそうだし我慢して買い物に行かないとな。今日の予定を考えながら食パンを油で炒めてフライパンにする作業に取り掛かった。付け合わせもと考えたけれど冷蔵庫の中身はほとんど空っぽ。買い出しから帰ってくるまで我慢しなくちゃダメみたいだ。
アパートから外に出ると容赦ない太陽光が襲ってきた。油断してしまえば倒れてしまいそうな熱気だが、近所に住む子供たちはお構いなしで走り回って遊んでいる。ふとその中の一人の女の子と目があった。女の子は僕に近づくとこういった。
「どうしてくぁwせdrfgtyふじこlp;?」
分からない。言ってる言葉が分からない。僕はなぜか分からない。胸のあたりが痛む。
「ねぇ、どうしてお姉ちゃんは男の子みたいな恰好してるの?」
分からない。言ってる言葉が分からない。甲高い金属音が足元から聞こえた。血にぬれたナイフが落ちていた。胸が痛い。僕の洋服が赤く染まっていた。
「なんで……」
僕の胸にはナイフなんて刺さっていなかったのに?