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太陽系戦争 (The Battle of Solar)  作者: 古加海 孝文
第一章 他人(ヒト)の造りしモノ
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第一章 他人(ヒト)の造りしモノ(7)

警察用語等、おかしな表記がある可能性があります。

ご指摘頂ければ修正いたしますのでよろしくお願いします。

二〇五〇年五月一二日 一三時

北海道某所


「地震波の実験で見つかったにしては、町に近いな」

 警察官の一人が言う。今回の現場指揮官、佐志田警部だ。その周囲では、化学兵器防護服を着用しながら、空気漏れがないか確認している部下が何人もいる。彼らの背中には酸素ボンベもある。

「得体が知れないのは分かりますが……いくら何でも重装備しすぎではないですか、警部?」

 突入班で第一分隊長の安藤巡査部長が不平を漏らした。

「超音波検査で空洞が人工的な物である事は分かっている。それに、僅かだが機械音もしている。地中なので正確さは欠くが、地上とは違うと考えるべきだ。それに君らに間違って犠牲になってほしくない。安全と判断できれば、防護服は必要なくなるのだし、しばらく我慢してほしい」

「そうは仰いますが、北海道とはいえこの服は暑いですよ。それに酸素ボンベも重い。普通の空気ボンベで良かったのではないですか?」

 不満に思うのも仕方がないし、それを口にするのも今回は許している。口にする事でストレスが和らぐなら安いものだ。

「私もそう思いたいのだがな……上の命令なんだ。腰にある飽和ボンベを併用する事で、最大二十四時間行動できるが、何があっても三時間以上の滞在はしないでほしい。それと、放射線測定器、動体探知機、生体反応探知機のチェックは再度行ってくれ。もし危険とあれば、出来るだけ脱出を優先するように。君らの命が第一だ。サンプル採取やその他は、安全が確保されてからで十分だ。それと、拳銃の使用許可は得ている。危険と判断したら君らの判断で使ってほしい。躊躇はしなくていい。どのみち、ここには人がいないはずだ。何より、この町が破棄されてから三十年以上経過している。いるとすれば、我々に敵対する者と判断して構わない」

 警察庁(うえ)の命令書通りに伝える。出来れば使用して欲しくはないが、隊員の命を考えれば仕方がない。

「拳銃の使用許可まで……我々は、何をするのか疑問です。単なる調査であれば、拳銃の使用など必要ないですし、何より防護服を着た状態での発砲は危険かと……」

 確かに分かるが、上の指示なのだ。私に同行できる権限はない。言えるのは、彼らが安全に戻ってくる事を祈るだけ。

「それにしても、化学防護テントまで設置するのですから、正直驚きです。まるで生物、化学兵器の調査に思えますよ」

「そうだな……しかし、それで君らの安全が確保されるなら安い物だ。ヘルメットと胸元にあるカメラで中の映像はこちらにもすぐに分かる。何か問題がありそうなら、すぐに無線で指示する。君らの映像その他は全てこちらに転送される。君らも注意はして欲しいが、我々も可能な限りバックアップを行う」

「そう願います。では、最初の調査に行って参ります」

 彼はそう言うと、オレンジの防護服を背にしながら、同じくオレンジの大きな密閉テントに消えていった。

「無理だけはするなよ……」

 一言だけ呟き、そこから百メートルほど離れた指揮所に行く。

 こちらは白いテント屋根で開放型だ。気密テントまで伸びている無線用中継アンテナケーブルに気をつけながら、テントで待機している高濱警部補の元へ急いだ。今回の無線連絡担当かつ、副指揮官になる。その側では、鑑識班が何人も準備を行っていた。

 何が見つかるか分からない以上、持ち込める物はすべて持ち込んでいる。ただ、それだけに荷物が多すぎるのが難点だ。おかげで機動隊から特殊車両一台をトラック代わりに借りたくらい。地元の機動隊とすれば、いくら警察庁の指示とはいえ納得しがたいだろう。

 しかも警視庁の機動隊――現在は突入専門としている若獅子の七機、第七機動隊の一部も参加している有様だ。

 テントの奥には、オレンジのテントと同じような気密テントもある。生物やそれに類する物が見つかった場合、この中で検査する事になるだろう。早い話が移動式の仮設研究ラボといっていい。そのような物まで運んだせいで、大型トラックが二台も必要になった。

 それにしても、三〇年も前に廃墟になった町。そして今回調査するのは、今から百年以上前に廃校になった小学校の敷地内。元々は焼却炉か何かがあった所らしいが、今は取り壊されて当時の事が分かる物はほぼ皆無。事前の超音波検査で、地下にかなり大規模な施設があるというのは分かっているが、その規模はまだ不明。入り口も元からなのか、それとも長い歴史の中で埋もれたのか、一見すると分からない。

「こちら第一班。無線及びカメラの確認願います」

 各班に七名の隊員。全員のヘルメット内には無線が組み込まれている。そして、頭部と胸部にそれぞれカメラが一台ずつ。それぞれ画像を確認したが、問題は無いようだ。

 第一班と一緒に行動している機動隊員二名も、特に問題は無い。

「チェック完了。待機されたし」

 無線係がチェックを終えて回答。続けて第二班からも同様の連絡があった。

「何事も起きなければ良いのですが……」

 隣にいる英田警部補が、時計を確認しながら言った。

「そう願っているよ。単なる調査で終わってほしい。収穫なんて正直私は期待していない。何事も無い事が第一だ」

「ですね」

 無線やカメラの調子を確認した後、突入班全員に付けられた無線式心電図や血圧計の値、心拍数や呼吸数の確認が行われている。どれも問題ない範囲。何人かに緊張の色が見えるが、まあ仕方がない。

「第一班、調査開始。第二班はその場で待機。予備の機動隊員は第一班後方にて待機されたし」

 すぐさまカメラの画像に動きが見える。事前に発見された石の蓋は、あらかじめ重機で取り除いてあった。今はそこに軽量合金の蓋を置いてある。蓋とはいえ、密閉できるようにしてある物だ。

「第一班突入します」

 カメラにはマイクも内蔵されている。蓋が開く音がするが、大きな音はしない。一瞬、密閉が破られた空気の音がするが、それだけだ。その先には、地下二十メートル程まで続く梯子がある。

 カメラには梯子しか映っていないが、それぞれの隊員の息づかいが若干早くなっているし、心拍数も上がり気味だ。

「第二班、突入準備。各員、装備のチェックを怠るなよ。第二班と一緒に行動する機動隊員は、突入後警戒態勢」

 すぐさま私の命令が無線で伝えられる。命令のせいだろうか? 第二班の心拍数も、少し上がり気味になる。

 脈拍、血圧計はオムロン製の試作品。指先と腕にそれぞれセンサーが付いており、血圧測定も圧迫せずに済む。小型軽量で、生体電気を使用する為電池もいらない代物だ。数年後には一般販売されるだろう。

「第一班、階段下に到達。全員異常なし。動体反応、生物反応認められず」

 第一班からの報告。カメラに付いているライトには漆黒の闇が映っている。

 ライトはパナソニック製。LEDライトで最大光量五万ルーメン。予備として蛍光灯式のライトも備わっているが、こちらは手元を照らす程度。あくまで非常用の域を出ない。

 使用しているカメラはソニー製の特殊カメラ。自然光の映像を流しつつ、同時に赤外線、紫外線、放射線も撮影できる特注製。問題なのは、通常のカメラよりも二倍程度重い事だが、重さという意味では昔のカメラと同じ重さ。

 通常の市販ビデオカメラであれば、今では民生品であっても、百グラム未満の物などいくらでもある。

 一般的なカメラは録画も汎用メモリーを用いて、最大六十時間。高解像モードでも二十四時間は可能だ。

 しかし、今回のこのカメラは最大撮影時間八時間。モードの変更は出来ず、常に高解像度。コストと利便性、用途を限った物なので問題ないが、通常なら過剰装備とも言える。もちろん軽い事は良い事だが、市販品で十分だったのではないか?

「東側に通路。距離は十五メートル程です。これより前進します」

 東という事は、以前小学校の校舎があった方角か。やはり地上からの超音波検査や、地震波検査だけでは限界がある。おおよそは分かっていても、正確には分からない。地上での計測では東北東だった。しかし最新の技術でもそんなに分からないものだろうか?

「その先に大きな空洞または部屋があるはずだ。各員気をつけるように。第二班、突入開始」

 自分のヘッドセットにあるマイクで、隊員に伝える。第二班が第一班の後を追うように、それぞれ梯子の闇へ消えてゆく。ここからは隊員のカメラら無線だけが頼りだ。

「こちら第一班の豊田です。手元の位置計測計ですが、方位が不安定です。先ほどまで真東でしたが、現在は北東を指しています。通路が直線である事はレーザーで計測済みです」

「他に何か変化はあるか?」

 もしかしたら地磁気が乱れる場所なのだろうか?

「いえ。方位計以外の計器に異常は見られません。カメラの画像はどうですか?」

「カメラの画像は問題ない。その他も全て異常はない……うむ、確かにこちらに送られてくる方位計データも北東になっているな」

 無線関係は異常ないのだから、強度な地磁気異常とは考えられない。

「こちらも同じ状況だ。地磁気の影響も考えられるが、今は進んでくれ。他に異常があったら直ちに連絡するように」

 了解との連絡で無線が切れる。

 第二班には、電波が途切れにくいように中継アンテナケーブルとアンテナを持たせている。これである程度距離があっても、そして地下であっても通信関係は大丈夫なはずだ。実際無線そのものに異常が出ている徴候はない。

 アンテナケーブルは特注の光ケーブル。直角どころか、百五十度まで曲げても折れない代物。当然光ケーブルなので、磁気の影響もないはずだ。

「それにしても、ここは一体何なのですかね? 状況からするに、だいぶ以前に廃棄されているとは思うのですが、正直不安を隠せません」

 警部補のいう事は分かっている。第一班から送られてくる画像は、しっかりとしたコンクリートかモルタル製の壁。しかもほぼ真四角になっている。立って移動できる事を考えれば、幅、高さ共に二メートル程だろうか?

「ああ、気になるな。それに、時間が経過しているにしては劣化も感じられない。既存工法どころか、当時可能な技術でこんな事はあり得ない」

 調べた限りでは、小学校が閉鎖されたのは四十年前。それ以後は使用されていないはず。当然、補修工事など一切行われていなく、まさに廃墟になっている。

「ええ。通路に電灯こそ無いですが、まるで定期的に補修を行っていたのかと疑ってしまいます」

「それは……考えたくないな。だとすれば、今もここは使われている事になる」

 そう言ってからタバコを取り出す。最近は喫煙人口が五%まで下がり、タバコ一箱が千円することなど珍しくもない。昔以上に嗜好品となったが、それでも喫煙者はゼロにはならなかった。もちろん吸う事が出来る人間は限られるが、今でも違法ではない。

 火を点けてからまずは深く吸い込む。タール五ミリの製品だが、今ではこれでも『強いタバコ』と言われる。最近の主流はタール0.1ミリらしい。

「ですが、カメラの映像を見る限り通路に目立った埃もありません。長期間放置されていれば、埃くらいは溜まっていてもおかしくないと思うのですが……」

 確かにそうだ。構造の事ばかり気になって、そのことを忘れていた。

「第一班。全員武器の再チェックを。動体探知機他、見逃す事の無いように。先頭の者は、いつでも発砲可能なようにしておけ。熱源反応も注意せよ」

 とは言っても、何に注意をすれば良いのか?

 少なくとも武装については問題ない。

 一般の隊員が所持しているのはイタリア製ベレッタM92 FS Vertec Inox II。以前からあるベレッタM92 FS Vertec Inoxをアメリカがメーカーに依頼して、装弾数を二発増やした物。また、全長も一〇ミリ長くなっている。当然アメリカの警察などでも普通に使われているタイプだ。装弾数が増えたのが好評らしい。

 ベレッタは信頼性が高く、扱いやすいと評判。以前はこの旧モデルを特殊捜査班などが使用していたが、今では旧モデルが日本の警察ではほぼ標準装備となっている。

 H&K P2000の改良型モデルも人気が高いが、ベレッタを使用する者が半数以上。おかげで、国産の自動拳銃や回転式拳銃は、今や絶滅危惧種とも言える。最低限の技術温存のために生産はされているが、それが使用される事どころか、普通の警官が持つ事さえ少ない。

 まれに小さな町の交番勤務をしているような者で、多少愛用者がいるくらいだ。それもほとんど趣味の領域らしい。

 だいぶ前に開発されたネオナンブ三五は、なぜかあまり人気が無い。回転式のネオナンブ三五―一と自動式のネオナンブ三五―二のタイプがあり、回転式は六発。自動式は十発と拳銃内に一発の十一発が装填できるが、撃った者曰く『射撃精度がどうも具合が悪い』のだそうだ。私は使用した事が偶然無いので真意は不明だが、この噂はあちこちで聞く。それだけに評判は悪くなる一方。

 やはり脅迫犯に対しては、命中率を求められる昨今。ネオナンブの需要は減るばかりだ。メーカーは新型を開発しているらしいが、その噂も十年以上前から何も変化が無い。

 以前は発砲するだけで新聞などに記事が載った程だが、外国人の凶悪犯が増えた影響で拳銃使用の案件も増えてしまった。そのため報道も減少する。特に外国人が犯人ともなれば、いくら穏便な日本人にも限界がある。今では外国人に対する排斥運動すらちらほら見られる程。

 過去に移民で雇用を増やすなどといった事もあったが、外国人犯罪の影響で今ではそれも下火。それどころか、帰化日本人の元外国人さえ差別の対象になるくらいだ。

「扉のような物の前に到着。鍵は無いようですが、まるで船のハッチのような円形の留め具で閉まっています」

 第一班の報告が、私の思いを断ち切らせてくれた。

 カメラには確かにまるでハッチ……それも、通常の船舶というよりは軍艦に使うようなタイプの物が中央にある。直径は六十センチくらいだろうか?

「ダメですね。扉の先の動体反応及び、その他反応を検知できません」

 再び第一班からの報告。

 今回持ち込んだセンサー類はかなり強力な物だ。それすら感知出来ないとすると、この扉は相当厚いか、特殊金属だろう。もしくは何もないか。何もない事が一番だが……。

「第二班、地下に到着。有線アンテナ一本目の設置開始です。アンテナはすでに作動済み。中継システムに問題は出ていません」

 とりあえず最低限の無線は確保できた。問題はこれからか。ドアの先に何があるのか? 地上での調査で分からなかった以上、地下にいる彼らにすべてを託すしか無い……。

「これより扉を開けて内部に入ります」

 第一班からの報告。第一班の心電図は、誰もが少し早くなっている。脳波にも少し乱れがあるようだ。緊張の表れだろう。

 先頭にいた特殊班の二人が少し下がり、ドアに銃口を向ける。他のカメラから、二人の手が若干震えているようにも見えた。特殊班の人間ですら手が震えるのは、正直初めて見る。

 実際、日本で銃撃を行う事などほとんど無い。いくら犯罪が増えたといえ、銃撃戦までとなるとほぼ皆無だ。せいぜい射撃場くらいでしか連続射撃は行わない。それだってかなり限定されている。今回選んだ隊員は、誰もが銃撃戦の経験者だが、相手が分からない以上震えるのも致し方ないだろう。

 その二人の前に、別の二人が前に出てドアにある丸い回転方式の錠を開ける。最初時計回りに回したが、動かなかったようだ。すぐに反時計回りに回す。今度は簡単に回り出した。動きはなめらかなようだ。長い間使われていなかったとは思えない動き。長期間動かさなければ、油も無くなるだろうし、最悪錆びてしまうだろう。そうなれば、簡単に開かない可能性の方が高い。別の隊員に簡易カセットガス式切断機を持たせているが、今のところ必要ないようだ。

「全員、細心の注意を。第二班、第一班の後に続け」

 無線機越しに命令ずる。とはいえ、中がどうなっているのか分からないのでは、注意も何も無い。

 取っ手の回転が止まり、左に移動した一人が扉を開けようとすると、音も無く簡単に開きだした。マイクからの音は全く聞こえない。普通なら、金属が擦れる音がしてもおかしくないはずだが……。

 扉の前で銃口を向けている二人が、ヘルメットと腰に付いたライトを頼りに前を注視する。他の後ろの隊員も銃口を前に向けた。全員のライトのおかげで、前は明るい。

「ドア以外の動体反応なし。生体反応、認められず。熱源反応も無し」

 一人だけ銃を向けずに探知機を持った隊員が報告を入れる。

「こちらでも確認している。動きは全くないか?」

「今のところありません……ちょっと待ってください。熱源探知機に僅かな反応出現。距離約三十メートル。動きは無いようです」

 その場の全員に緊張が走る。

「さらに反応。動体反応です。動きは僅かですが、何かが動いています。距離約三十六メートル。移動物体はその周囲二十センチに限られています。大きさは……」

「どうした? 何かあったのか?」

 周囲の全員に緊張が走る。下にいる隊員たちの心拍数も、かなり上がっている。

「大きさは人間と同程度!」

「出力を上げられるか? もっと詳細に調べるんだ」

 思わず横にいた通信士の手元からマイクを掴んでしまった。

「出力を上げます……動体反応を多数検知! 反応数は四……いえ五。距離は最短で現位置から三十五メートル。最長四十五メートル。熱源反応も多数。ただし、温度はさほど高くありません。三十度程度です。動体探知機で検知した場所の温度は約二十五度程度。他に動き認められず。ネズミ等の小動物、観測できません」

 さて、どうしたものか……動きは限られているようだが、何かがあるのは確かだ。

「警部、どうしますか?」

 隣にいた警部補が少し慌てている。

「第二班の突撃隊、第一班に合流。第一班はその場で待機。第二班の突撃隊が到着するまで、前方の警戒を怠るな。第一班の監視班は、変化があり次第逐次報告せよ」

 第二班には一班より多い四人の特殊突撃部隊を編入している。今回は警察庁から選抜した精鋭だ。豊和三三式5.56㎜小銃を装備しており、自衛隊でも正式採用している物だ。警察用に一部自衛隊仕様とは異なってはいるが、威力は変わらない。警察官でも取り回しが良いように、少しばかり全長が短いだけ。

 しかし、こんな事なら軍の方に依頼したいくらいだ。しかし、今回の任務は軍への協力を仰げない。こんな時に縦割りの弊害があるとは……。

 第二班のカメラには、無線のアンテナを設置している者と、先ほど命じた突撃班の様子が映っている。さすがに突撃班の方は心拍数が上がり始めているが、無線班はだいぶ落ち着いているようだ。

「警部……上に連絡しますか? 我々だけで対処するには、いささか問題がある気が……」

「分かってはいるが、上には極力我々だけで対処するよう言われている。それに、今応援を待った所で到着までは最短二時間。応援と言っても北海道警の者だ。我々は警察庁から直で命令を受けている。警察庁からの応援となれば、最低でも一日はかかるだろう。つまり、我々は極力我々だけで対処するしかない訳だ。不本意だがな。本来なら、私だってこんな事なら自衛隊に応援を求めたい所だよ」

 それを聞いた警部補は、押し黙ってモニターを注視する。

「まあ、装備はそれなりにある。全員防弾チョッキも着ているし、化学防護服を着ている。絶対はないが、大丈夫だと信じたい」

「ですね……」

 警部補の反応は薄い。まあ仕方ないか……。

 それにしても、かなり以前に廃村となった村の、それも今にも崩れそうな小学校校舎の下に、なぜこのような物があるのか?

 何より、入り口が偽装されている。もしかしたら他にも入り口がある可能性……いや、その可能性が高いか。ここが本来の入り口だとは正直思えない。なら、本来の入り口は? まさか、小学校の校舎内にあるのか?

 この辺りはほとんどが元々畑。かなり古い衛星写真でも確認したが、周囲一キロ以内には建造物の痕跡はない。一番近くても、かなり以前に放置された住宅が数軒。まともな集落となると、二キロほど離れている。村役場は四キロ近く離れているから、そこが入り口とは思えない。

 それに、事前調査でトンネルは小学校の敷地外には存在しないと判明している。もちろん、過去の調査工事履歴を調査したが、そのような記録など全くない。しかし、確実にトンネルはあった。トンネルの崩落があれば別だろうが、今のところそれを指し示す情報もない。一体ここで何が行われていたのか?

「突撃部隊合流しました。指示を請います」

 第一班からの連絡。通路は十分な高さと幅がある。なので合流もたやすい。しかし、同時に襲われたときに怖い。今のところ、障害物となるような物がない。目の前の扉を閉められないと、下の者たちが最悪全滅だ。

「突撃班を前面に。探知班、動きは?」

「今のところ変化ありません」

「第一班と突撃班は前進。突撃隊員以外は盾を何時でも使用出来るように。慎重に進め。第二班は、無線班を除いて第一班の支援。第一班より十メートル後ろで援護しながら前進せよ」

 私の命令と共に、それぞれが動き出す。先頭の突撃隊員に付いたカメラには、相変わらず暗いトンネルが映し出されている。この先に何かあるとは、正直信じがたい。

「動体反応が増えました! 数八。動きは他と変化なし。この先十二メートルで少し広い空間になります」

 突撃班の心拍数が跳ね上がっている。勿論、第一班のメンバーもかなり高い。

「全員、落ち着いて行動しろ。前方の確認を怠るな。ライトは予備の使用も許可する。第一班および突撃隊員は再度銃の確認。発砲可能なようにしろ。地上の第二班の地上及び地下にいる隊員は、大型ライトを至急下に降ろせ。第二班の入り口にいる者は、ライトを受け取り次第順次設置及び点灯」

 今は進むしかない。もっと人数がいれば、他に方法があったかもしれないが……。

「前方に先ほどと同じドアがありますが、開いています。このまま前進します」

 今のところカメラから送られる映像に通路の照明はない。照明があった形跡もない。そもそもこの通路は一体何のためにあるのか? 脱出用にしても、照明が無いのは気になる。脱出用だとするなら、ライトを持って行く前提だったのか? それとも、そもそもここは使う目的が無かった?

「入り口に到達。ドアの破損は認められません。動作もします」

 他の隊員のカメラで、ドアを確認している様子が分かる。そのほかの隊員は、ドアの方をチラチラと見ながらも前方に注意を向けている。ドアは手前に開いている。

「そのまま内部に突入。各員は慎重に行動せよ」

 最初の突撃隊員が中に足を踏み入れる。銃口が時々カメラに映りながら、内部をライトが照らした。中はそこそこ広い空間だが、何かの機器が並んでいるようだ。

「各員、逆V字隊形で進入。内部を確認せよ」

「了解。磯城巡査長、先頭へ。中村巡査と神埼巡査は殿を頼む。各員、慎重に」

 何人ものカメラを見ながら、周囲の状況を確認する。埃っぽさは全く感じられない。所々に、赤や黄色、緑の点滅する何かが見える。

「不気味ですね……」

「ああ。目的も分からないからな」

 部屋の照明があればもっと分かるのだろうが、ヘルメットライトなどでは全体を照らすのに光量不足だ。かといえ、今設置中の大型ライトをあそこまで移動する時間も無い。

「何か見えるか?」

 無線越しに隊員の一人が言う。カメラには様々な計器が映っているが、動きがあるような物は見えない。

「動体反応はどうか?」

「はっきりとした反応を確認できます。数は全部で……十六です。ちょっと待ってください……全て生体反応。しかし、まるで檻の中にいるように一定以上の動きなし」

 動きがある生体反応。しかし、その範囲は限られている。一体どういう事だ? このまま前進させるべきか?

「前進します。各員は、周囲に注意せよ」

 第一班の隊長が命じている。ここは下にいる者に任せるしかないか。それにしても、なぜこのような物が小学校の廃墟後に?

「熱源反応多数。動体反応の所と、他に数カ所確認できます」

 何かの動力源がまだ動いている? しかし、小学校自体にはすでに電力の供給も無い。一番近い送電線まで十キロ以上ある。一体何で動いているのか? バッテリー駆動でも、そんなに熱を持つとは思えない。

「熱源反応をカメラに映せるか?」

「了解です」

 カメラに熱探知機が映る。確かに複数の熱源。クソッ。こんな事なら、無線式の熱源探知機を用意すべきだった。

 カメラには若干映像が悪い探知機のディスプレイが映し出された。確かに熱源反応が複数。比較的高い温度……五十度くらいの物がいくつかあり、サイズも一メートル四方はある。その他に直径五十センチ程度の物で、温度は四十度に達するかどうか。こちらは中心温度こそ少し高いのかオレンジ色で、両端は三十度くらいだろうか少し濃い黄色になっている。若干温度が低いのは、他の機械とは別な物であることを示しているようだ。

「温度が高い方も気をつけながら、低い方に注意を向けてくれ。人ほどの体温なのが気になる」

「了解しました」

 第一班の隊長から無線連絡。少しノイズが入っている。

「無線アンテナの設置はどうなっている? 少しノイズが混じり始めているが」

 距離的にノイズが入るとは正直思えない。何かが無線を邪魔している?

「無線アンテナは二機目の設置が終わった所です。入り口から二十メートル。現在三機目の設置準備中。中継器との光ケーブルも同時に設置しています」

 中継は問題ない。むしろ、過剰設置なくらいだ。まあ、何かあった時のために間隔を短くしているが、それにしてもノイズが気になる。

「第一班、坂本です。部屋の照明スイッチのような物を発見。スイッチに日本語で照明と記載されています。スイッチを操作しますか?」

 坂本のカメラには、一般的な住宅に使われる物と同じ押しボタン式のスイッチが映し出されていた。タイプは古いが、今でも使用されている押しボタン式のスイッチ。確かに照明とある。しかし、あまりこの施設の物を触るべきでは無いだろう。

「いや、何も触るな。各員。何かあっても、不用意に触れないように注意せよ」

 事故があっては困るのも当然だが、そもそもこの施設が何なのか分かっていない。そんな所で危険は冒せない。

「前方に何か見えます。天井に達するほどの高さ。幅は五十センチほど」

 一番前にいる隊員が報告してくる。確かにカメラには何かが映っているが、はっきりとは見えない。

「ゆっくりでいいから、慎重に進んでくれ。他に何か見える者はいるか?」

 全員のカメラには、いくつかの機械も映っている。何かははっきり分からないが、熱源反応は僅かで普通のパソコンと同じ程度。ただ、比較的大きな物――冷蔵庫程の大きさがある物もある。しかし、どれも室内の温度と大差は無い。何の機械か分からないだけに、不用意に触れさせる訳にもいかない。

 七番のカメラに何か一瞬だけ映った。

「小西、カメラを右に。先ほど右側に何か映った」

 言われるがまま小西がカメラを右に向けると、キーボード状の物が見える。ただし、ガラス板のような物に直接文字が刻印されており、突起はない。

「キーボードのようです。画面は……近くにはありません」

 小西の報告よりも、キーボードの刻印が気になる。標準的なJIS規格に思えます」

 確かに見たところ、標準的なJIS規格キーボードだ。

「周囲に何か他にあるか?」

「いえ、ランプがいくつかありますが、モニターはありません。しかし変ですね。キーボードの上に埃一つ無いように見えます」

「ああ、そうだな。写真に収めた後、調査を続行してくれ」

 小西にそう伝えると、先に行っている松下から無線が入った。彼は探知機類も一通り装備している隊員の一人。

「先にある対象はガラスの円筒形に見えます。緑か青い液体で満たされていて、中に何があるかはまだ視認出来ません。動体反応、熱源反応が見られますが、動きは僅か」

「放射線反応、その他はあるか?」

「いずれも変化なしです。どうも、その円筒形の物体に何かがあるようです。いずれの反応もそこから出ています」

 嫌な予感しかしない。かといえ、戻る訳にもいかない。全く、とんだ貧乏くじだ。

「各員はそれぞれに注意しつつ前進。報告は随時」

 本当ならさっさと陸自にでも指揮権を渡したい。中途半端なメンツで、隊員を危険にさらすのはごめんだ。

「第二班より連絡。最初の扉に到着。異常なし」

「了解だ。そのまま進み、第一班を援護。ライト設置班、進捗状況は?」

「現在二機目を移動中です。まもなく設置位置。三分で設置します」

「了解だ。出来るだけ急いでくれ」

 明かりがあればもっと行動しやすいだろう。さすがに懐中電灯やヘルメットのライトだけでは無理がある。それに、我々は最初の偵察部隊だ。本格的な調査は、明後日に到着するらしい隊に任せればいい。問題さえ起きなければ、無線アンテナもライトもそのまま設置しまままで済む。

「警部、これを……」

 モニターのチェックをしていた一人が、声を震わせながら言ってきた。何があった?

「ん……これは?」

 カメラは、円筒形を映し出していた。そこにあった物は……。

「何だ、それは!?」

 思わず叫けんでしまった。私があまりに慌てては、全体の士気に関わる。しかし、画面に映し出された物に驚くしかない……。

「警部、聞こえますか? 中に生命体……いえ、人間のような物が入っています!」

 報告する隊員が慌てるのも無理はない。薄緑色の液体の中に、人のような物が入っている。しかも、呼吸器系に直接酸素を送り込んでいない。いくつかの管状の物が、その人のような物に繋がっている。その一つは、臍の位置に繋がっている。

「生命反応はどうか? 生きているのか?」

 愚問だと自分でも思う。生命反応は確認されている。しかも、人くらいのサイズで。ならば、これがその生命反応だと考えるのが自然。しかし、なぜこのような物が?

「生命反応を確認しました。間違いなく生きています。体温はおよそ三十六度……人と同じようです。液体の温度は三十度前後。ですが上部と下部のみ温度が四十度近くあります。意識はないようです。目も閉じられていると思われます」

 それはそうだろう。見えていたら我々に気がつくはずだ。しかしそんな事はどうでもいい。なぜこんな廃墟の地下に、こんな設備がある? よく見ると、どれも高度な医療機器などと同じようにも思える。

「警部、見てください!」

 別の隊員の言葉に、視線をそのカメラに移した。

「尻尾のような物……いえ、尻尾ですね。まるでトカゲのような……」

 見ていた隊員の心拍数が急激に上がっている。

「落ち着け。その中にいる限り、恐らく安全なはずだ。それと全員何も触れるなよ? 我々は初期段階の偵察が任務だ。本格的な調査は後から来る連中に任せろ。生命反応の他に、何か見つかった物はあるか?」

「待ってください……奥にかなり高熱の熱源を発見。三百度は超えています。計測不能領域です」

「分かった。そちらの調査も頼む。その生命体のような物は、他にいくつある?」

「全部で……十五です、警部。どれも生きているようです。一つだけ空の容器があるようです」

 別の隊員が報告してきた。かなり多い。一体、ここは何なのだ?

「第二班、部屋の入り口に到着、待機中」

「分かった。そのまましばらく待て。第一班、援護は必要か?」

「大丈夫です。このまま調査を続行します」

 隊長が大丈夫と言っているのだから信用するしかないが、しかし不安はある。二班を動かすべきか否か?

「高熱源の原因が判明しました。何らかの発電設備のようです。音はありませんが、電力のメーターが各所にあります。ですが、煙突のような物はありません。原子炉かもしれません。もう少し調査します」

 外から煙は一切見えなかった。発電設備となれば、現実的に原子炉と考えるのが自然だろう。それに、発電量などを示す計器類がカメラに映し出されている。一番大きな単位はメガワットだが、ほとんどはキロワットのようだ。

「放射線反応はあるか?」

「微弱です。自然界の物と区別するには難しいですね。少し高い程度です。もちろん、人体に有害なレベルではありません。毎時十五マイクロシーベルトで安定しています。福島沿岸部よりも遙かに低いですし、今のところ高くても毎時二十マイクロシーベルトを超えている地点は見つかっていません。地上での計測値とほとんど変化はないです」

 事前に放射線測定をしたが、地上での値は平均毎時十二マイクロシーベルトだった。低いとは言えないが、高いとも言えない。人工的な放射線かどうかまでは判別しなかったが。それに自然界でもこの程度の放射線を発する事はよくあると事前に知らされている。

「ありました。白地に黒の放射能マークです。原子炉で間違いなさそうですね。温度が高いのが気になりますが」

 原子炉か……確かに暴走しなければ煙突は不要だし、比較的低出力なら燃料の交換もあまり気にせずに済む。

「他に何かマークはあるか?」

「警部、こちらにはバイオハザードマークです。いくつかあります各容器にも小さな物ですがありました。しかし、あまり目立たないようにしていますね。特に容器の方は」

 他のカメラをいくつか見ると、その中の一つに白地で黒のマークのバイオハザードのマークが確かにある。どうも容器の根元のようだが、大きさは一センチほどか? それにマークがあったのは容器とそれを接合している機器の間で、注意しなければ分からないかもしれない。

「たしか、入り口にはその類いのマークはなかったな?」

「こちら二班。扉にはマークはおろか、文字もありません」

 奇妙だ。まるで、何かを知られたくなかったのように思える。

「こちらには、オレンジのバイオハザードマークです。えーとオレンジは……」

「固形物類ですね、これによると」

 無線片手に、横にいた警部補が教えてくれた。彼は手元に標識一覧表を取り出している。

「赤もありました。よく見ると、かなりの数があるようです。ですが、どれもマークは小さいです。それにマーク以外の表記はありません。どのレベルなのかは不明です」

「赤は液体……血液でしょうか? どちらにしろ、我々では対処できません」

「ああ、分かっているさ。一班はそのまま奥を調査。二班は中で調査を開始」

 二班の方には、一班よりもさらに精密な測定を出来る装備を持たせている。もちろん火器もあるが、一班に比べれば軽装といえる。

「全員、防護服は脱ぐなよ。それと、どこかに引っかけて破れないようにしろ。互いの安全を確認しつつ進め」

 一班が奥に進む。頭のライトなどで照らしてはいるが、ライトの光量は限られている。もう少し大型のライトか、光量の高いライトを持たせるべきだったか? しかし、それだと放熱の問題やバッテリーに問題がある。今の装備でそんなことをすれば、ただでさえ重い装備が余計に重くなる。これよりも光量の大きなライトを装備すれば、予備電池が必要になる。もしくは、背中に背負わせている呼吸器を大型にして、そこから電力を分けるしかない。どちらにしてもただでさえ重い装備に、これ以上隊員を苦しめる事はしたくない。

「何か変わった物があれば、すぐに報告せよ。対処不能と考えられるなら、すぐに脱出出来るようにしておけ。ここで無理をする必要はない」

 まあ、彼ら全員が分かっていると思うが、上司(うえのもの)が命じれば多少は気が楽になってくれるはずだ。大体、バイオハザードマークや放射能マークがあるだけでも、本来ならすぐに撤収させたいが、警察庁(うえ)の連中がそれでは許してくれまい。

 しかし人のような物が入った容器と原子炉。そして放射能のマークにバイオハザードマーク。他に何もなければ良いのだが、悪い予感しかしないのは何故だ。

 確かに地下にあるこの施設は異常としか言えないが、それ以上の何かを感じる。ただ、それが何なのかはまるで説明できない。説明できる事なら対処できるが、説明できなければ対処の方法も分からない。

 大体、なぜこれほどの設備が今まで発見されなかったのか? そちらも気になる。

「第一班です。奥に扉を発見。扉には文字等の記載なし。部屋の中は大まかに三つ区切られています。例の生命体の入った容器と、原子炉の区画。そして恐らくそれを稼働させている装置の一群です。パソコンもありましたが、電源は入っていないようです。モニター類も多数ありましたが、どれも電源が切れているようでした。生命体及び原子炉の状態は不明です。指示を請います」

 少し雑音はあるが、気にするほどではない。アンテナの設置が順調なのだろう。無線の雑音原因は原子炉なのか? 温度が高いという事は、冷却水が不足し始めているのかもしれない。

「突撃隊員と他三名は扉へ進め。計測器を持っている者が一人同行するように。特に放射線測定器に気をつけろ。安全に配慮しつつ、扉の向こう側を確認。危険と感じたらすぐにドアを閉めろ。安全が最優先だ。他の者は部屋の中を探索。放射線の測定は怠るな。生命体に異常があれば、すぐにそこから撤退するように。第二班は第一班と合流し、調査を進めてくれ」

「了解しました。木村、来てくれ。それと矢口もだ。我々と突撃隊員でこの先を調査する。他の者はここに残れ」

 それぞれの隊員に付いているカメラの画像をモニター越しに見る。

 それぞれの隊員が目の前の扉の前にいる。カメラからは確かに警告の文字どころか、一切の表記がない。今まで通ってきた潜水艦にあるような扉……ハッチと言うべきだろうか? その回転式のハンドルがあるだけだ。

「扉を開けます。各員注意」

 ハンドルに手をかけながら、一班班長からの連絡。他は銃を前に構えている。鉄の扉だからだろう。一応レーダー探知機は持っているが、扉の向こう側は不鮮明でほとんど何があるかは分からない。

 扉がゆっくりと開き始め、銃を構えている全員のライトが前方に向いている。扉の奥もやはり明かりは無いようだ。

「レーダー、赤外線、温度感知、動体反応共に異常なし。通路のようです」

 通路なら、今の部屋だけがこの施設なのか? それとも、この先にもまだ何かあるのか……。

 少し金属が軋むような音をして、カメラに映し出されたドアが開く。その先もやはり明かりは無いようだ。

 こちら一班鈴木です。シリンダー状の物体内部ですが、十五体全て生きているようです。シリンダー状の下に脈拍計と思われる物や、その他のグラフ類を表示しているモニターがありました。一定範囲に近づくと、自動で画面が点灯します。左上にそれぞれ番号が振られています。また、その横にアルファベットの表記がありますが……一体を除いてどう理解したら良いか……。

「どういう事だ?」

「01と表記されたシリンダー状の物体は英語でヒューマン……人と記載がありました。しかし、その他はヒューマンの隣に別の生物の表記があります。たとえば隣の02番ですが、バードと記載されており、尚且つ括弧付きでイーグルの表記がありました。鳥と鷲の事でしょうか? なおそのシリンダーに入っている物体は、人状のではありますが、背中にかなり大きな翼があります。翼の色は黒っぽいですね。皮膚は我々と同じようです。他にも一部鳥と同じような特徴が見受けられます。映像、確認できますか?」

「ああ、見えている。とりあえず、ヒントになるような物を探してほしい。しかし、計器には触れるなよ。もし書類などがあれば、一つでも良いから回収してきてくれ。ただし、事前に渡した密閉バックかボックスに入れるように」

「了解しました。調査、続行します」

「一体何を実験していたのでしょうか? 明らかに研究施設だと思いますが、しかもこれは人体への遺伝子組み換えか何かですよね? 人間に他の生物の遺伝子を融合させて成功させたなんて話は、私は知りませんが」

「私もだよ。しかし、確かに地下に研究設備らしき物はあるし、尚且つ遺伝子組み換えをして、それが生きている。シリンダーの中にあるから恐らく大丈夫だと思いたいが、得体の知れない恐怖を感じる。警察庁に生物学者はいないよな? 一体どうするつもりだか。それに、シリンダーの中にあるから生きているだけで、取り出したら死んでしまうかもしれない。分からない事ばかりだ」

「ですね……しかし、手がかりはきっとあると思います。これだけの設備があるのですから、マニュアルの一つや二つはあるはずです。日本語の表記も確認できたので、日本語での説明書きも見つかる可能性があります」

「ああ、そう願いたい。ところで、こんな物を作った連中は、何を研究していたのだろうか? 我々が知っている技術よりも、数段上をいっていると思うのだが。まあ、最新の遺伝子研究など、さすがに私も知らないがな」

「人と他の生物を合成したのが成功していたら、大ニュースになっていますよ。なので、これは秘密の研究設備だと思います。ですが、こんな北海道の奥地で、さらに廃村の中の廃校の地下。カメラには埃などは映っていないようなので、比較的最近まで使用されていた可能性があります。気になるのは原子炉もですね。冷却水不足であれば、急ぎ補充する必要がありますが、状況からして減っているのは一次冷却水ではないでしょうか? でなければ、三百度近い高温にはならないかと。これ以上温度が上がれば、メルトダウンの危険もあります。緊急に専門家を派遣してもらうよう手配しますか? 全て報告書にまとめてからでは、手遅れになるかもしれませんし」

 警部補の言う事は尤もだ。

「本部に連絡。原子炉の専門家の派遣を緊急に要請してくれ。冷却水関連に詳しい者を最優先で。それと、生物学者も至急手配できないか聞いた方がいいだろうな」

「了解しました」

 隣の通信員が無線で呼びかける。他に必要な物は……まあいい。我々はいわば斥候部隊。本格的な調査は後から来る連中に任せればいい。

「こちら一班班長。扉の向こうは通路ですが、行き止まりです。通路自体は、先ほど通過した通路と同じです。明かりになるような物はありません。ドアから十メートルほど行った先に壁がありました。ただし、これまでのコンクリートの壁とは違うようです。防護服越しなのではっきりしませんが、モルタルか何かで塗り固めてあります。一部にはがれ落ちている箇所あり。ですが、通路はここで終わっています」

「了解した。危険な物は特にないな?」

「先ほどの生命体のような物と、原子炉を除けば。この通路はクリアです。これからレーザーによる地図製作に入りますが、よろしいですか?」

「ああ、始めてくれ。ただし、原子炉と生命体には可能な限りレーザーを当てないように。状況が分からないからな。足音などは大丈夫のようだから、超音波で測定した方が良いかもしれない。そうだな……通路はレーザーで、部屋の方は超音波での地図製作を頼む」

「了解しました。同行した四名はどうしますか? 今のところもう銃器は必要ないと思いますが」

「四人は各自の判断で部屋の中の警戒をしてくれ。万が一という事もある。今いる通路は、調査終了次第いったんドアを閉めて開かないように出来るか? 偽装された壁の可能性もある。今は部屋の調査に専念してもらいたい」

「可能です。ドアに単純な留め金がありました」

「分かった。作業は出来るだけ慎重に」

「了解です。作業にかかります」

 とりあえず、すぐに襲われるような事はこれで無いだろう。後は可能な時間だけ調査をして、本部の応援を待てばいい。


二週間後


「例の施設及び生命体は、ご命令通り阿蘇の生物化学研究所の職員に移管しました。一応警備のため十名の警官を配備しておりますが、周囲もフェンスで覆ったので問題は無いかと」

「ご苦労。報告は君を通して随時頼む」

「はい。守秘回線も確保したので、少なくとも我々の方から情報が漏れる事は無いかと思われます」

「まあ、漏れた所で我々には何も出来ないさ。それに、いずれ生命体の方は阿蘇に運ばれるはずだ。さすがにあそこでそのまま調査は出来ないだろうからな」

「ええ。移送の時も我々が同行する事になるのでしょうか?」

「恐らくな……本来なら陸自に頼みたいくらいだが、出来るだけ目立たないように事を進めたいらしい。かといって、民間の警備会社に頼む訳にもいかないだろう」

「面倒ですね。まあ、何とかします。ところで、何故本庁から警備に当たらせたのです? 普通なら北海道警に任せるべきだと思うのですが……」

「官邸からの指示だ。私も理由は知らされていない。秘密厳守という事なんだろうが、わざわざ官邸からというのは気になるな……」

「変な話ですね。どちらにしても分かりました。何かあればまたご報告いたします」

 彼はそう言い残して、警視総監室から退出する。

 それにしても、一体どういう事だか。我々に協力を求めながら、いざという時は蚊帳の外では出来る事も出来なくなる。それとも他に意図があるのだろうか?

 どちらにしても情報がなさ過ぎる。官邸は何を考えているのだか……。

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