第一章 他人(ヒト)の造りしモノ(6)
二〇四九年八月四日 ラグランジュ四
宇宙ステーション『みちびき』
海上自衛隊みちびき宇宙専用港
第一軍用造船区画・第一ドック
「では、この受領書にサインをお願いします」
そう言われて私はサインをした。造船所の窓越しに、真新しい艦が見える。真っ白な船体は美しい。
実験艦ではあるが、初の海上自衛隊宇宙部の艦船だ。
ドックに係留されている艦の名は『ゆうばり』。艦首にはAS-101と記載されている。主に兵装実験を行うための試験艦。
今まで海自の艦船であれば、番号だけが艦首に記載されていたが、海上運用と宇宙運用を識別するために、記号も加えたと聞いた。ただ、海上保安庁と表記が似てしまうのは問題ないのだろうか?
実験船とはいえ、一応は海自の駆逐艦クラスの重量もある。
前に法律が改正され、護衛艦という名称が変更された。五千トンまでは駆逐艦扱い。それ以上は巡洋艦扱いとなっている。
隣ではあと三隻がまもなく完成する。いずれも一週間以内で完成だ。一隻は動力炉実験艦の位置づけで、名前は『ほうおう』、二隻目はレーダー実験艦『いせ』。そして最後の一隻は艦載機実験艦『わかみや』。それぞれの艦番号は試験艦を示すASが付き、ゆうばり以降が102から104。
それにしても、この名前は明らかに意図して付けたとしか思えない。どれも何らかの形で日本初や世界初の軍艦名称。
事前に名称は知らされていたが、一応部下に名称の由来を調べさせた。特に『ほうほう』や『いせ』など、日本の歴史上軍艦名で確実に出てくる物。案の定調べさせれば『ほうおう』は日本初の洋式軍艦であり、『いせ』は日本初のレーダーを搭載した艦。
『いせ』は旧帝国海軍時代の戦艦『伊勢』で有名で、後に航空戦艦として有名になったが、まさか初のレーダー搭載艦だったとは思わなかった。どうしても航空戦艦のイメージが強いからだろう。
『ほうおう』も洋式軍艦という意味では、日本初の実用石炭燃焼型動力艦ともいえるので、実験艦という意味では良いのだろう。動力炉実験艦という意味でも頷ける。
『わかみや』に関しては、世界初の水上機母艦。航空機運用試験艦から名前を採るとすれば、個人的には『千歳』かと思っていたが、実際には第一次大戦時に世界初の水上機母艦として運用されたとは思いもしなかった。ただ、『わかみや』に関しては、鹵獲した船を改造したらしいが。
『千歳』などの旧海軍艦艇については、そこそこに現在の宇宙軍兵学校で習うが、それぞれここまで由来を気にして艦名をつけるなど、艦名の命名についてマニアでもいるのだろうか? いや、ここまでくるとマニアでは説明が出来ない気もする。
そういえば今でこそ独立しているが、開設当初は海上自衛隊宇宙部として学科が出来た。二年前より宇宙軍兵学校の卒業生が宇宙での訓練に来ているが、今まで民間の払い下げ輸送船での訓練。当然練度はあまり期待できない。
とにかく全てが完成すれば、単独でそれぞれの試験が出来るのが確かに魅力だが、だからといって良くもこう早く建造できたものだ。いったい予算はどこから持ってきたのか?
話には聞いていたが、船体の全てをブロック建造。竜骨にあたる基準構造を中心に、全て箱を付けただけの艦。ブロックのサイズはいくつかあるが、艦橋部分までがブロックなのは正直驚きだ。
まあ確かに、実験艦なのでパーツを交換しやすいようにするのは理解できなくもないが……。
それと、今ドックで建造が始まっているのが、装甲実験艦『そうや』だ。調べた所によると、第二次大戦中の輸送艦で同名の物があった。何でも幸運艦らしい。それにあやかりたいのか? まあ、その後南極観測船としても活躍したようだが……。
まあ『そうや』に関しては、まだ正式に名前が決定した訳ではないし、今後変わる事もあるだろう。それに宇宙用輸送船も不足している。できればそちらにも予算を使って欲しい。
「確かに頂きました。では渡辺三等海佐、私はこれで失礼します」
そう言い残して、ドック要員が引き上げてゆく。
『ゆうばり』の乗員はすでに決まっている。待機所にいるので、呼びに行くだけだ。
それにしても、兵装実験艦だけあってその火器は様々。通常の火砲はもちろんレーザー砲やミサイル、機雷発射装置まである。宇宙空間で機雷は必要なのだろうか?
ミサイルと一口に言っても、搭載されている物は超々距離の物から短距離の物まで様々。ミサイルだけでも八種類、二十四基搭載されている。間違っても誘爆だけはさせたくない。
まあ実験艦なのだし、とにかく搭載だけして不要なら別の物と置き換わるのだろう。そのためのブロック建造でもある訳なのだから。
『ゆうばり』のメインエンジンは液体水素と液体酸素の混合噴射エンジンが一基。その他スラスターはいくつかあるが、エンジン一基なのは故障した際に問題となる気もする。まあ、そのエンジンも昔からあるLE―7系統の軍用派生型でタイプFs。滅多に壊れる事は無いと思うが。
Fシリーズの宇宙専用という事で末尾にsが付いているらしい。イオンエンジンのテストもするらしいので、今回の『ゆうばり』よりも実験内容は多くなるだろう。しかしテストに要する人員確保も問題だ。作られたばかりの海上自衛隊宇宙部門は、まだまともに人数がそろっていない。
人員の件に関しては人事部に任せるとして、『ゆうばり』を再度見る。兵装実験艦か……。
どちらにしろ、基本はレーザーとミサイルの試験が多くなるだろう。反動を考えると、宇宙での実弾射撃はあまり好ましくないと思う。
さてと、そろそろ乗員を呼びに行くか……。