第四章 監視対象 (12)
二〇六五年七月十五日 UTC二十三時
月面基地かぐや 航宙自衛軍補給物資保管所 第十三区
「これで回収出来た物は全部です」
手にリストを持った大尉が、上官の中佐に報告する。彼らの前には様々な大きさの一見すると単なる金属ゴミが並べてある。それらはすべて、以前に『撃沈』された『まいづる』の残骸だ。
本来であれば月軌道上に寄港した際、航宙自衛軍の艦船渡すための保管庫の一つを『まいづる』であった残骸の保管庫にしている。
調査をするのであれば月面基地かぐやよりも、日本の宇宙ステーションであるみちびきが最適だが、あまりに細かくなってしまった残骸やそれを運ぶための手段、保管設備を考えると、この場所以外に適切な場所が無かったための処置だ。
「一番大きな物でも、せいぜい五メートルか。確かまいづるの全長は六十四メートルだったな?」
「はい。さらに全幅が二十一メートルとなっております」
「アレが操縦室の残骸か……」
少し遠くに、焼け焦げた痕や、溶解した痕の残るひしゃげた箱状の物がある。かなりいびつに歪んでおり、当然原形など留めてすらいない。本来あったはずのハッチは完全に無くなり、窓などの枠組みもそれが構造用の支柱なのかすら判別できない程になっている。唯一少しだけ残ったガラスの破片が、それが窓であった事を示しているに過ぎない。
「操縦室にいた乗員は、一人も見つかっていないのだったな?」
「はい。正確には、二つある椅子の一つに誰かが座っていたであろう焦げ痕のような物が残るのみです。以前に見た事がありますが、まるで原爆により蒸発した人の影のようで、正直ゾッとします」
それ以外に、一応は乗員のものと思われる宇宙服の破片なども少数見つかっているが、とても個人を識別出来るだけの材料にはなっていない。
「一応乗員のものと思われる物から遺伝子サンプルが確保出来るか調査しましたが、報告書によると個人を特定できるほどのサンプルは無かったとの事でした」
その答えに、中佐は思わず唸ってしまう。
「それでも四人が生還したのか。奇蹟とは、この事を言えば良いのか……」
報告書では、四人は船外活動服を着用しており、偶然『狙撃』されたまいづるの影方向にあったコンテナが、盾になったらしい。それ以外の乗員は、全て行方不明となっている。事実上の死亡扱いだが、遺体の破片すら見つかっていない以上、死亡と簡単に発表出来ないもどかしさを、遺族に対してもどかしく思ってしまう。
緊急的処置として本来であれば一定期間……宇宙空間での行方不明時に適用される三十日経過の死亡扱いを、特例として三日後に適用した。遺族には誰にも乗員の物であろうと思われる破片は見せていない。むしろ不確定要素が多すぎ、安易に見せる訳にはいかなかった。
「調査の進捗状況は?」
「正直芳しくありません。溶解部分が多く、また爆発でどの構造物かすら不明な物も多いのが現状です。船体の復元モデルは十五パーセントで止まっております。元々が輸送船であるため、同じ構造物が多いのも原因の一つです。破片を3D撮影し、立体復元をさせての結果です。正直確定している場所は、操縦室の一部とエンジンの一部、船体構造フレームのごく一部となっております」
「これだけ細かくなっていてはな……」
最大の物ですら操縦室の一部であり、ほとんどは一メートル未満のサイズしか無い物ばかり。小さい物ともなれば、溶解して破断したネジの頭部分。どこで使用されていたかすら不明だ。
「とにかく調査は進めてくれ。苦労をかけるが、私から今言える事はそれだけだ」
「了解であります。今も三交代制で調査は進めておりますので、何か乗員の事や、攻撃された際の事が分かれば、すぐにご報告します」
大尉が敬礼すると、中佐は返礼をしてから一度周囲を見渡して、その場を後にした。




