第四章 監視対象 (10)
二〇六五年七月十四日 みちびき標準時 二二時
第五支柱工事管理区域 空間工事第十一区
五人の作業員が命綱を付け、宇宙空間でみちびきの中央制御柱と外縁居住区を接続している、五番目の巨大支柱の工事を行っている。
スタンフォード・トーラス型である、基本的に中央のハブである巨大制御柱の全ては、その外側を回転している居住区画などがあるスポークと接続は終わっているが、かといってその中身が完成しているとは意味が違う。
それどころか、ハブである中央巨大制御柱ですら、一部はいまだ内部が建造中だ。その原因は様々だが、一番の原因は航宙自衛軍にある。だからといって、それを真っ向から否定する者は少ない。何よりここ最近民間人にですら噂になっている、未知の敵の事がある。それが現実味を帯びているこそ、不満こそ多少はあるものの、表立っての批判はない。
宇宙空間で作業している以上、どうしても宇宙放射線の影響を免れないが、それを防ぐために太陽放射線シールドが展開されている。しかし、それでも完全に宇宙放射線を防ぐ事など無理だ。ただ、外での作業時間を延長する事は出来た。そして航宙自衛軍に配備される艦や各種兵装の製造も目処がつき始め、今まで後回しにされてきた未完成の区画建造が急ピッチで行われている。その一つが第五支柱工事である。
「三番の電源パイプ設置完了。そっちはどうだ?」
「今、ケーブルの接続確認中だ。あと三分待ってくれ」
「了解。アンテナの確認をしてくる。任せて大丈夫か?」
「ああ、行ってくれ」
人員不足は航宙自衛軍だけではない。そもそも宇宙空間での作業は、その性質上長期の訓練を要する。配線ケーブルの設置作業では、最低限の二人だけで行っている始末だ。他の三人は、設置した電源パイプの最終固定作業を行っており、二人の作業を手伝うだけの余裕は無い。
「こちら管制区。第十八作業班は、五番シャフト外部十一区の作業場進捗状況定期連絡の報告を」
これからアンテナの確認に行こうとしていた彼は、思わず内心で舌打ちした。
確かに定期連絡は重要であるし、自分たちの命に関わる事でもある。しかし定期連絡を催促する余裕があるなら、人員をもっと寄こせと言いたくもなる。無論、それを口にする程彼も愚かではないが。
「こちら第十八作業班。作業は予定通り。現在最終チェック中。これからアンテナの確認を行う」
「了解。完了後、速やかに退避されたし。三十分後に太陽フレアが発生する模様。間に合わない場合は、二十三待避所に避難されたし。以上」
「了解、情報感謝する。通信終了」
何が避難されたしだとは思いつつも、急ぎ作業を進めなければならない。彼は他の四人に作業を急ぐように伝えるが、他の四人も今の通信は聞いている。単なる確認だ。
三分で格納装置付きのアンテナに到達すると、彼は手持ちの機器を使用し、各種アンテナの動作チェックを行う。VHF、UHFといった一般に馴染みのあるアンテナは元より、一体何のために設置されているのかすら分からないSHF、EHF、THzといったアンテナをチェックする。
現在も一般に使われている各種電波は、VHF帯とUHF帯であり、さらに波長が短いSHF以降の周波数は、航宙自衛軍でも使用していないはずだと思うと、何のためのアンテナなのか疑問でしかない。
他にレーザー通信などの設備もあるが、これはまた別の用途でもあるし、彼ら作業員からすれば無駄な設備にしか思えないのが現状だ。
アンテナの台座部分にチェック用の端末を接続し、全てのアンテナが正常に動作可能である事を確認すると、他の四人に連絡を取った。どうやら他の四人も作業が終わったようだ。
「残り時間十四分か。急いで戻ろう」
五人は太陽フレアの影響を避けるため、外に出た連絡用ハッチへと向かう。連絡用ハッチの周囲にある命綱用の金具に取り付けたワイヤーを、宇宙服にあるウインチで巻き戻す。五人はそれぞれ安全距離を取りながら、残り九分でハッチに到着した。ハッチにある長い取っ手を五人が掴むと、それぞれの命綱が繋がっているフックを外し、中に入る。最後の一人がハッチを閉め、そのまま中へさらに一メートル程移動すると、安全隔壁が下りてハッチその物が見えなくなった。
さらに中に移動して、圧力エリアのハッチを開き、中に入る。五人が中に入りハッチを閉じると、近くにいた一人が与圧用のレバーを操作し、空気が内部に充填されていく。空気が充満した事を確認し、全員が宇宙服のヘルメットの固定を外すと、そのまま頭の後ろへとヘルメットを移動させた。
「みちびき管制、こちら第十八作業班。第五シャフト第十圧力区画へ帰還。指示を請う」
「了解、ご苦労様。次の作業予定は十七時間後の予定。今日はもう休んでくれ。設置した各種配線関係は問題なく動作を確認した」
「了解。通信終了」
マイクのスイッチを切ると、彼は溜息をついた。
第十八作業班がみちびきの内部に戻ると、みちびきの中央区画にあるとある部屋から、彼らが設置したアンテナをチェックする男がいる。
すでに管制室からのチェックが終わっている事を確認している彼は、設置されたアンテナ類の動作を自ら確認した後、作業コンソールにある光ディスク読み取り装置に一枚のディスクを入れ、そこからコンピュータへデータを転送した。転送そのものはわずか三十秒程で終わり、男はディスクを取り出す。
データがコンピュータに保存された事を確認した男は、コンソールを操作して、設置されたばかりのアンテナからデータの送信を開始した。送信はほんの十秒程で終わり、男はコンピュータからデータを削除する。
そのまま男は何事もなかったかのように、部屋を後にした。
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