第四章 監視対象 (8)
二〇六五年七月十三日 UTC三時
地球―月 周回軌道上 やましろ艦内
「レーダーに反応、アンノウン一。距離、九二九万キロ。十時方向より接近中。当艦より上方十二度の位置。現在識別中。第一戦隊、第一種戦闘配備。これは訓練である」
CICからの報告で、今日初めての訓練が始まる。
みちびき標準時十一日の十六時――UTC十一日〇七時に出航し、現在は月の周回軌道に入る直前。
一日に不定期で三回ないし四回の戦闘訓練または艦内非常訓練を行いながらの偵察航行。そろそろ乗員に疲れの色が見え始めている。
「吉村。この訓練が終わったら、今日は十二時間の休息とする。状況終了次第、そのように伝えろ」
「了解です、渡辺提督」
吉村は第一戦隊旗艦やましろの艦長にして、同伴している改あまぎ型宇宙護衛艦もがみの臨時戦隊司令を任せた。本来なら最上位である私が行う事だが、今回の偵察航行では私は乗艦していないものとして訓練をさせている。
本来ならもがみは、航宙自衛軍ドッグにて、装備換装を行う予定だった。しかし初期に建造されたあまぎ型の装備換装や、破損した護衛艦の修理の影響で、全ての改あまぎ型をドッグ入りさせる事が出来なくなった。それに、建造ドッグでは被害担当艦の建造も行われており、単なる係留港では改装作業など出来ない。
全艦に装備された艦首荷電粒子砲は、全て撤去される事が正式に決定され、今もドッグではその作業に追われているだろう。しかし艦首付近のレーダー等を破損させる事が分かった以上、現状では撤去される事が正式決定され、今後のさらなる改装で別の装備が搭載される事になる。まあ、今の段階では何を装備するかは決まっていないが。
「アンノウン増えました。総数三。最初のアンノウンを光学にて戦闘艦と認定。以降、アルファ一とします。相対速度、二十キロ秒。アルファ一は艦首をこちらに向けています」
CICでは、各部からの情報を整理しながら、仮想の敵識別を行っている。
相手との距離からすると、光の速さでも最短で三秒は確認の時間がかかる。当然その間は相手の状況を正確にすることなど出来ない。
「第一戦隊、アルファ一を敵艦と想定。各兵装、準備よろし」
砲術長が武装の準備が整っていることを伝え、同時に観測がさらに詳細の識別を行う。
その時艦内アラームが鳴り響いた。
「左舷十五番装甲が発熱。レーザー攻撃と思われます。現在冷却装置作動中。損害軽微。各武装、異常認められず。レーザー防御、左舷に射出」
本来なら敵も荷電粒子砲を搭載していることを想定すべきだが、光の速さで攻撃できるレーザーはやはり有効だと考えるべきであろう。何より対レーザー装甲を施しているとはいえ、それも完璧ではない。少なくとも長時間の攻撃に耐えられる程、強固な装甲とはとても言えない。
「左舷十五番装甲から十七番装甲、廃熱処理が間もなく限界!」
「対レーザー防御を追加射出! 上甲板及び下部甲板、レーザー砲での攻撃を許可する。もがみの状況はどうか!」
吉村は比較的的確に指示をしていると考えて良いだろう。少なくとも、目立つようなミスは出していない。
「レーザー砲、アルファ一に対して攻撃開始。着弾まで三秒」
「もがみ、本艦とのレーダーリンクより第三種戦闘態勢で射撃開始。同時に、対レーザー防御展開」
「左舷十六番表面装甲、融解。さらに内部へレーザーが侵入。緊急廃熱処理、三十三番から四十番経由で対応。十五番表面装甲も突破されました!」
「もがみより入電。『我、アンノウン二及び三を敵艦と認定。射撃開始。同時に、本艦との射線に入る』との事」
「ミサイル発射管、もがみの前方に対して対レーザー防御展開」
「艦首エンジン、一杯。もがみへの影へ!」
「レーダーに反応。アルファ一、沈黙。閃光は認められず」
「荷電粒子砲、発射態勢整いました。上甲板一及び二、艦艇一及び二射撃可能」
「荷電粒子砲、五秒間隔で斉射! もがみの影に隠れるまで、持ちこたえて見せろ!」
CICの慌ただしさが伝わる。全てコンピューター上で処理された仮想敵艦であるし、こちらの損害も全て仮想損害でしかない。手元の端末では、内部装甲が一部突破されている事が分かるが、航行には問題が無いレベルだ。
予定ではあと十五秒で状況終了となる。だからといって、仮想敵艦の攻撃はそれまで続く。当然下手な行動をとれば、それだけでダメージが重なる。そして、これから最後の仮想攻撃が行われるが、それをどう対処するか……。
「左舷後部三十九番装甲に発熱! レーザー攻撃! 緊急廃熱処理自動開始」
「レーダー、何か捉えているか!?」
今回の仮想敵艦までの距離は、約六十万キロ。ただし一つだけ百万キロに設定している。レーダーが捉えることは出来ても、例えレーザー砲で迎撃したとして約三秒の誤差が出る。当然その間に相手は動くが、これだけの距離があればたった一度の誤差であっても、その距離は軽く数万キロも離れる事すらある。
「左舷後部甲板、各所に発熱! 廃熱追いつきません! 間もなく外部装甲溶解!」
「もがみより入電。『我、機関部に被弾。航行不能』との事!」
今回はダメだろうな。まあ、最初に比べて条件を厳しく設定した。もっと早くにそれに気が付いていれば良かったのだろうが、当然位置関係は全く教えていないし、そもそも敵艦の数や武装も一切教えていない。既に何度か行っている訓練ではあるが、距離の問題はかなり大きいのだろう。そろそろ潮時か……。
「吉村、状況終了だ。艦隊、通常警戒態勢に移行」
吉村がこちらを一度見たが、どこか納得がいっていないといった感じではある。しかし事実上もがみが行動不能になっている以上、勝敗は決した。
「艦隊、状況終了。通常警戒態勢に移行」
吉村が復唱し、艦橋およびCICの灯りが通常の昼光色に戻る。
今日はこの後の反省会議が長くなるな。
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