第四章 監視対象 (5)
二〇六五年七月四日 日本時間十五時
熊本県阿蘇山麓 阿蘇生物化学研究所
第五研究棟地下
二〇三五年に全ての施設が完成した熊本県阿蘇に作られた国立の研究施設は、全部で五つの研究棟から構成されている。その中でも第四研究棟と第五研究棟は警備が厳しい事で有名であり、通常の警備員はもちろんとして、身分を隠した警視庁や陸上自衛軍の隊員が密かに警備しており、上空は航空自衛軍の監視網が目を光らせている。
しかしながらこれらの警備は表に見えるものだけで、実際の建物内部の警備はさらに厳重となっている。実際に外から見る事は出来ないが、建物内部に入る際には厚さ十センチの装甲板からなる隔壁を経由する必要があり、多数の本人確認が行われないと隔壁は開かない。これまでの日本の研究施設と比べると、あまりに厳重なその警備体制に各国のこの施設の存在を知る関係者は閉口するばかりだ。
建物内部の情報は一応ネットワーク化されているが、それは外部ネットワークには接続されておらず、内部のあらゆるデータを持ち出す際には専用のケースに入れなければならない。そのケースも、正規の複雑な手順を踏んで施錠を解除しなければ、中のあらゆる資料――紙媒体は元より、あらゆる電子データなどは一瞬にして灰に帰する。解除するための方法もケースごとに異なるため、仮に一つのケースが解析されたとしても、他のケースには、そのままその解除方法を当てはめる事は出来ないほどの徹底ぶりだ。
そんなただでさえ厳重な研究棟の中でも第五研究棟の地下三階より下は、さらに厳重なセキュリティ対策が行われている。
事実、特に地下四階より下に行く場合は、地下三階でエレベーターを乗り換える必要があり、地下四階以下に向かうエレベーターに乗るには、各種生体認証は元より、厳重なボディチェックを経て、その間に五ヶ所の隔壁を通り抜けるほどの徹底ぶりだ。
さらに隔壁毎に六人の陸上自衛軍の隊員が銃を所持して警戒をしており、別室ではモニターを見ながら通路に設置されている機関砲で監視している。仮に六人の隊員が全滅するような事があっても、扉の前に天井から吊された二基の三〇ミリ機関砲が、容赦なく通路へと斉射をすることになる。さらに壁の両側面には、収納されている機関砲がそれぞれ一基ずつあり、天井の機関砲を補佐するようになっている程に厳重である。
通路にはさらに死角が全く無いよう配置されたカメラや各種センサーが配置されており、扉の前と同じように格納された機関砲が配置されているが、その機関砲がどこにあるのか、全体を把握されないように監視する隊員にも全体像が知らされていない。
機関砲だけでは無く、所々にはレーザーを用いた対人用殺傷兵器まである。仮に機関砲に耐えたとしても、高出力のレーザーが通路の内部を面で通過する。接触すれば三千度は超える温度に耐える物など、まずあり得ない。
そんな通路を経て地下四階より下へ向かうエレベーターだが、このエレベーターにも各種装備がなされている。乗っている者が危険と判断された場合には、物理的にエレベーターを支えるケーブルが外され、非常ブレーキも作動しない。そして本来の最下層よりもさらに下、地下千メートルまで落下するのだが、エレベーターのカゴ上部に取り付けられたブースターにより、最下層であった場合でも百メートル秒で衝突させ、さらに自爆装置までが起爆する仕組みだ。当然それで生きていられる人間などいるはずがない。
これらはどう考えても過剰な設備ではあるが、それだけのことをする理由がこの第五研究棟の地下には隠されている。否、それでも足りないのでは無いかと一部では考えられている程だ。
地下十七階にあるその部屋には、以前北海道の小学校跡で見つかった謎の設備が、そのまま移設されている。もちろん新しい設備に交換された物も多いが、基本的な部分はそのままだ。当然シリンダーに入っている謎の生物も、そのままの状態で保存されている。
「管理対象三番より細胞の採取完了。遺伝子スキャン開始」
手元のコンソールを操作しながら、まだ比較的若い女性がそう言うと、そのままコンソールから手を離して大きく背伸びをする。椅子の背もたれが少し傾き、そのまま周囲を見渡した。彼女の他にも所属する研究員数十名が、様々な作業を行っている。
「ご苦労様。疲れただろう」
そこへマグカップに入ったコーヒーをコンソールの側に置いた四十代半ばの男性が、同じく持っているマグカップのコーヒーを口に含んだ。
「替えが利かないですからね。流石に緊張しますよ。何度やっても、これは慣れそうにないですね」
彼女の正直な感想に、男も思わず苦笑した。
「研究員としては、正直嬉しいですよ? こんな事、普通なら絶対に出来ないですから。でも、調べれば調べる程、私達がやってきた遺伝子学が何なのか、複雑な心境です」
そう言って彼女もコーヒーを口にした。ちなみに彼女のは砂糖とクリームたっぷりのコーヒーで、男性の物はブラックだ。
「確かにな。私もここで初めてこれらの遺伝子を見た時には、正直目を疑ったよ」
男は比較的以前からここにいるが、今でも驚きの連続で、本当に目の前にある生物のような物が、生存している事すら半分信じられないが、残念ながらどの検査結果も生きている事を示している。だからこそ余計に混乱する。
「そもそも染色体は人間と同じ二十三対だが、調べれば調べる程生物として不可解だ。まるで最初からほぼ完成した遺伝子としか思えない。明らかに人工的に作られた遺伝子の組み合わせだが、我々にはそれを十分に解析出来ない」
そう言って男がさらにコーヒーを飲むと、苦々しい顔をする。コーヒーの苦みが原因では無い事は、彼女にもすぐに分かった。
「ですが私達はこれを調べないと、そもそもこれらの生物が何なのかが分かりません。これは私の勝手な想像ですが、噂にある地球外生命体が関与しているとしか……」
「ああ。私もそれは間違いないと思っているが、何のためにこんな物を? そもそも地球で行っていた理由が分からない。答えが多少でも出れば、もう少し具体的な報告も可能なのだが……」
男がそう言うと、二人とも沈黙した。
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