第四章 監視対象 (4)
更新がだいぶ遅れました
二〇六五年七月四日 UTC十一時
地球軌道上 やましろ艦内
やはり、コンピュータ相手での演習と、実際の動きは違う。
確かに以前よりも操艦や武器操作は慣れているようだが、それでも以前いた海上自衛隊――今は軍か。あの時よりは遅い。無論それなりには扱えているが、一瞬の遅れは艦の運命を左右する。
しかし新型艦で習熟期間すらまともに与えられていないのだから、これにあまり文句を言っても仕方がないだろう。これでも当初よりはずっとマシになったと思うべきだ。
三交代制だが、常に当直チームは演習を行っている。その為か、少し疲労の見える乗員もいる。地上と宇宙とでは体の動かし方も違うので、余計に疲れるのだろう。特に地上から上がったばかりの乗員にその傾向が強いようだ。それに覚える事も多い。いくら自動化させているとはいえ、非常時には手動で動かす事も考えなければならない。その為には訓練が必須だ。
そろそろ次の交代で、帰港して一度休ませなければならないだろう。無理をさせすぎて事故を起こされては、後々に関わる。実際に小さな怪我などは発生している。そもそも哨戒任務を行いながらの実戦形式訓練。無謀と言われればそれまでだ。
それに吉村たちのこともある。素性が分からないのでどうしようもないが、好き勝手にやらせるわけにもいかない。しかも監視対象者はかなり多い。すでに習熟を終えた乗員にもかなりの数がいる。今の状況で外す事も出来ない。
だからとはいえ、訓練は怠れない。そしていつ実戦になるか分からない状況。警戒は怠れないが、乗員全てを最高の状態に置いておく必要がある。矛盾した事があまりにも重なりすぎている。
「次の交代は三時間後か。そこで一旦、通常の警戒態勢に戻そう」
「よろしいのですか?」
吉村が、本当にそれで良いのかという顔をしている。
「一部で疲労が大分出ているようだ。あまり無理をさせたくはない。もちろん通常の警戒態勢は一日だけだがな。一日休めれば、大分違うだろう」
「分かりました」
とりあえずは納得したようだ。
「司令、みちびきより通信です」
当直通信士に言われ、直通回線のボタンを押す。画面に石原幕僚長が出た。画面にはみちびきからの通信と分かる表記が出ている。
「石原幕僚長、宇宙に上がっていらっしゃったのですか」
『先程上がったばかりだよ。補給物資と一緒に来た』
貨物船でいらっしゃったのか……無理をされる。確かに少数なら人も運べるが、基本は物資の運搬船だ。旅客船と比べれば、安全性に劣る。
「何か問題でも?」
『ああ、その通りだ。こちらに向かっていた敵の艦隊が、我々の観測網から消えた。現在、あらゆる方向を探索しているが、まだ発見には至っていない』
消えた? そんな事が起きうるのだろうか?
レーダーと光学の両方で観測しているはずだが、どちらも騙す事など早々出来るとは思えない。レーダー波と光学観測は、事実上光の速さで確認しているだけだ。なので仮に相手が新しく発見された軌道上にいた場合、太陽を挟んで対局の位置になるはず。距離にして平均二au……ざっと三千億キロ程となる。しかも太陽を挟んでいるので、実際に観測するにはさらに距離が増し、現状では最短でも四千億キロ、他の衛星などでは、三au以上の距離だ。太陽と地球の平均が八.三分かかる事を考えると、二十五分近い誤差が生じる距離でもある。
「こちらは、大分疲れが出てきています。正直なところ、一日休ませたいところなのですが」
『それは問題ない。観測はみちびきの施設で行う。どのみち、もはや日本だけの問題ではないからな。各国が観測を行っている』
それはそうだろう。日本だけでどうこう出来る問題ではないはず。
『アメリカもかなりピリピリしているようだ。彼らは月の方で演習を行っているらしい』
「月ですか。我々も合流した方がよろしいでしょうか?」
『いや、日本は地球軌道と月軌道の中間を担当する事になった。練度の高いアメリカが月の外側で迎え撃ち、我々はその内側で迎え撃つ。よって、出来るだけ地球軌道上は気をつけて欲しい』
気をつけてと言われても、どのように気をつければよいのか……。
『まあ、君らは今まで通り、周辺の警戒任務に就いてくれという事だ。みちびきと地球の間を重点的に警戒してくれればいい。衛星軌道は無人人工衛星で対処する』
「了解しました。警戒任務そのものは、従来通り第一戦隊と第二戦隊の二つで、交代しながらの警戒でよろしいですね?」
『勿論だ。相手が消えたとはいえ、こちらも動きようがないからな。現在港にいる第二戦隊は、弾薬を満載させる。君らも帰港次第、弾薬を満載させるつもりだ。それと、第二戦隊の哨戒任務より、無人艦も同伴させる事になった。コントロールは問題ないと思う』
「確か、被害担当艦ですね。了解です。しかし、どこに消えたかが問題ですね」
『地上では、これまでのデータから考えられるポイントを重点的に調べているが、まるで手がかり無しだ。みちびきの観測システムは、通常から準戦時体制に移行させた。全ての観測機器は、敵の位置特定に使用されている。いずれ見つかるはずだ。分かり次第連絡は入れる』
「こちらでも、手が空いていれば観測をしてみます。ですが、あまり期待しないで下さい。情報が欠落しているので」
『分かっているよ。色々君には苦労をかけてばかりだが、いずれ時が来たら償いはするつもりだ。今は耐えて欲しい』
「いえ、そのようなことは……」
『今は以上だ。また連絡する』
それを最後に、通信が切れた。
「聞いていたか」
艦橋にいる全員に問う。オープンな回線なので、艦橋の乗員には全員聞こえたはずだ。
「おおよそは、見当が付きました」
真っ先に吉村が答えた。この期に及んでも、まるで驚きが無いのは気のせいか?
「敵艦隊が我々の警戒網から消えた。我々は地球と月の中間軌道を警戒する事になった。アメリカ軍が月の外側を警戒している。アメリカ軍は月の公転と歩調を合わせているだろうから、我々が単独で地球側を警戒しなくてはならない。受け持つ場所はかなり広い。充分周辺に気をつけるように」
艦橋の何人かは顔を見合わせている。まあ、それは仕方がないだろう。
「しかし、私から見ても君らの疲労は看過出来ない。一日通常の警戒態勢で休息し、その後本格的な警戒態勢に移る。艦隊は出来るだけ散開し、周囲に目を配れ。みちびきが観測を行っているが、何時、どこから現れるか分からない事には変わりない。十分注意するように」
艦橋の空気が変わる。疲労はしていても、さすがは訓練を重ねただけの事はあるか。
「次の補給から、弾薬を満載する。いざとなれば使用するつもりでいて欲しい。以上だ」
これからどうなるのか。先が見えない戦いはしたくない。
毎回ご覧頂き有り難うございます。
ブックマーク等感謝です!
各種表記ミス・誤字脱字の指摘など忌憚なくご連絡いただければ幸いです。感想なども随時お待ちしております! ご意見など含め、どんな感想でも構いません。
今後ともよろしくお願いします。